「クリティカルシンキング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
ビジネスの世界では、近年たびたび耳にすることが多いこの言葉、直訳すると、「批判的思考」というものになります。
「批判的」とあるので、ものごとを見たり考えたりする際に、否定的・批判的に捉えることと考えてしまいますが、実はそうではありません。
今回は、この「クリティカルシンキング」についての意味と、これからの教育にどのように生かすべきなのかについて、考えを述べたいと思います。
クリティカルシンキングの前に ロジカルシンキングとは?
「クリティカルシンキング」を述べる上で、よく引き合いに出される思考法に「ロジカルシンキング」というものがあります。
ロジカルシンキングとは、ある問いに対して、いくつかの根拠を提示し、論理的に結論を導き出すことを言います。
たとえば、ある問いに対して、導き出された結論があるとします。
その結論がある理由は、A・B・Cといった根拠があるからだ、といったものになります。
問いに対しての結論を、筋道を立てて矛盾が無いように考えるという、実にシンプルな思考法であり、一方向の論理になります。
ロジカルシンキングを用いることで、次のようなメリットが得られるようになります。
・分析力の向上
ロジカルシンキングを用いることで、ある問題や問いに対して、漠然と考えたり、その場しのぎの対応をしたりすることなく、問題を適切に分類し、関係性を見つけ出し、そこから深堀りした課題や、ふさわしい対応策などを見つけ出すことができます。
・問題解決能力の向上
問題解決のために適切なフレームワークを活用し、問題発生箇所や原因を特定することができます。
ロジカルシンキングを使えば、場当たり的に対処することなく、問題を解決することができるのです。
・提案力の向上
立場や考えの違いなどから、意見が対立しまうことはよくあることです。
そんな時、自分の意見を通しつつ、相手の納得を得てスムーズに物事を進めるのに、ロジカルシンキングは有効です。
立場や意見の違いに左右されない論理や、提案内容の筋道を立てた説明をロジカルに展開することができます。
・コミュニケーション能力の向上
ここでのコミュニケーション能力とは、相手の意見を正確に理解する理解力と、自分の主張を的確に伝える能力のことをいいます。
ロジカルシンキングを行い、相手の考えと自分の考えをすり合わせて、論点のズレや、事実と意見の違いを最小限に抑えることができ、スムーズにコミュニケーションをとることができます。
・生産性の向上
ロジカルシンキングを行う際に、適切なフレームワークを使うことで、問題の本質を見極めることができます。
そうすることで、無駄な思考やプロセスを省くことができます。
ロジカルシンキングの2種類の具体的手法と問題点
ロジカルシンキングには、具体的手法が2種類あります。
それは、「帰納法」と「演繹法」です。
受験生の皆さんは、この二つ、聞いたことがある言葉なのではないでしょうか。
帰納法は、挙げられた複数の実例の中の共通点を探し出し、その共通点から結論を導き出すという手順を持つ論理展開手法のことを言います。
演繹法は、決められたルールや基準にのっとり、実際の事象をそこに当てはめ、その結果をもとにして、結論を導き出す論理展開手法のことです。
帰納法とは異なり、論理展開をする上でのものさしがあり、基準が明確なので、比較的容易にロジカルシンキングをすることができます。
しかしながら、上記の二つの手法には、それぞれにデメリットも存在します。
まず帰納法のデメリットは、次の点になります。
帰納法は、複数の実例、すなわち複数の状況証拠ともいえる根拠をベースとして、それらの中に共通点を見つけだして、結論を引き出すという論理展開手法になります。
そのため、
- 実例や状況証拠そのものに間違いがある場合
- 共通点を探し出す際に、論理の飛躍がある場合
- 共通点から結論を導く道筋に、論理の飛躍がある場合
これらのケースでは、帰納法そのものが成り立たなくなることがあります。
また、演繹法のデメリットは次の点になります。
演繹法でロジカルシンキングを始める前提条件として、
- すでに方針が存在している
- 既存の方針が正しい
という条件が整っていることが大原則です。
そのため、
- 方針が存在しない
- 方針そのものが間違っている
といった場合には、たとえロジカルシンキングを完璧に行ったとしても、間違った結論が導き出される可能性が高いといえるのです。
「ロジカルシンキング」は、問題解決を試みる際には、とても有効な思考法と言えますが、どうやらロジカルシンキングだけでは、解決できない事例も数多くあるということが言えそうです。
その場合は、どのようにして困難な問題に挑戦したらよいのでしょうか?
そうした時に、試してみたい思考法が、「クリティカルシンキング」です。
クリティカルシンキングとは
ロジカルシンキングが、シンプルで直線的な思考法だとすれば、クリティカルシンキングはより多面的な思考法と言えます。
それはどういうことかというと、ロジカルシンキングが
であるのに対して、クリティカルシンキングでは、「結論」そのものを疑う思考法だからです。
単純に一方向の論理になることはありません。
クリティカルシンキングを行う上で大切なことは、様々な角度や切り口から「問い続けること」になります。
問いに対して想定された「結論」に対して、それは本当なのかどうか、様々な角度から疑問を投げかけ、検討し尽くすということが、クリティカルシンキングの思考法といえるのです。
クリティカルシンキングの「批判的」とは、「定義や基準などにしたがって注意深く考えてみる」「一度疑いながら考える」といった意味になります。
感情だけに踊らされることのない、建設的な議論のために使われる考え方といえます。
コミュニケーションのための具体的手法「So What?/Why So?」「MECE」
話は少し戻りますが、日本でロジカルシンキングという概念が広まったのは、2001年に刊行された『ロジカル・シンキング』という書籍がきっかけです。
このなかで紹介されている「ロジカルコミュニケーション」という、新しいコミュニケーションを行うための手法として、2つの技術を紹介しています。
一つ目は、「MECE(ミーシー)」。
話題の重複や会話の漏れ、話のずれといったものをなくす技術です。
もう一つは、「So What?/Why So?」。
これは、話が飛んだり、話が抜けたりすることをなくすための技術です。
①MECE(ミーシー)とは
「Mutually(お互いに)、Exclusive(重複せず)、Collectively(全体に)、Exhaustive(漏れがない)」の頭文字を取った造語で、その意味は、「モレなく、ダブることなく」というものです。
ジグソーパズルのピースの一つ一つが、きっちりとあるべき場所にはまり、全体として枠の中におさまっている状態、それをイメージしてみてください。
こうした状態は、「モレなく、ダブりなく」MICEの状態にあると言えます。
ジグソーパズルのピースが欠けた状態や、形が異なる、別のジグソーパズルのピースが紛れ込んだ状態は、モレがあったり、ダブりがあったりといった状態なので、MICEであると言えません。
大きなテーマについて扱う場合にも、小分けにした多くのMECEの枠をつくることで、話の重複、話のモレ、話のズレを最小にする、ということができます。
MECEを用いることで、隅々までモレやダブりがないことがチェックされ、全てが検討し尽くされた状態になります。
②「So What?(つまり?)」「Why So?(なぜ?)」とは
「So What?(つまり?)」は、今持っている情報から、さらに新しい結論や推論を引き出したい時に使う問いかけです。
「Why So?(なぜ?)」は、すでにある結論に対し、「なぜそう言えるのか?」と問いかけることで、それに関連するデータなどを集めることができ、結論を強固なものにすることができます。
それだけでなく、「Why So?(なぜ?)」と問いかけることで、結論が本質的でない場合には、それを明らかにすることができます。
このように、課題について思考する際に、「So What?(つまり?)」と問いかけ、結論を探ることや、「Why So?(なぜ?)」と問いかけ、原因を探るといったことができます。
こうして問題や課題を、効果的に深掘りすることができるようになります。
クリティカルシンキングをする時の切り口
ロジカルシンキングでは「So what?」「Why so?」という二つの問いが欠かせませんが、クリティカルシンキングではそれに加え、重要となる問いかけがもう一つあります。
それが、「So what?」「Why so?」に続く三つ目の問いかけ「True?(本当?)」です。
ある課題について考えるとき、前述のロジカルシンキングで用いた「So what?」と「Why so?」 だけでは、思考が堂々巡りになってしまう恐れがあります。
その際に有効になってくるのが三つ目の「True?」です。
「それは本当なのか?」と問いかけることで、問題の本質が見え、閉塞しがちな議論に解決策が見えてくることがあります。
ほかにも、「Anything else? (他には?)」という問いかけも良さそうです。
補助的に使ってみることをおすすめします。
また、ロジカルシンキングで用いた技術、「MECE」もまた、クリティカルシンキングでは有用です。
クリティカルシンキングが一通り終わってから、本当にMECEであるか、検証することで、新たな問題点を発見したり、その結論を補強したりすることができます。
ここまでの説明では漠然としていて分かりにくいかもしれませんので、具体的な例を挙げてみましょう。
「勉強時間と模試の成績の間に相関関係がありそうだ」というデータがあったとします。
その際に、「So what?」と問いかけてみると「勉強時間を増やすことが必要だ」という推論Aを導き出せます。
次に、先ほど導き出した推論Aに対し、「Why so?」なぜそうなるのか?と問いかけ、それに関連するデータをさらに集めることができます。
こうして推論Aを強く裏付けることができるだけでなく、結論が本質的でない場合には、それを明らかにすることができます。
例えば、「勉強時間を増やす必要がある」という結論に対して「Why so?」と問いかけてみると、先ほどの「勉強時間と模試の成績の間に相関関係がありそうだ」というデータが提示できそうです。
ここまでは、ロジカルシンキングでも有効な思考法ですが、クリティカルシンキングを行う時にはさらに、「True?」と問いかけてみてください。
そうすることで問題の本質が見えてくることがあります。
例えば、勉強時間と模試の成績との問題に対して「True?」と問いかけてみると、成績不振の原因は勉強時間の長さの問題ではなく、効果的な学習がなされていないという、別の要素が出てくるかもしれません。
さらに、「Anytinig else?」と問いかけてみて、さらに多面的に考えることも有効でしょう。
成績の原因を、勉強時間の短さや学習方法に結びつけるのではなく、「Anytinig else?」と問いかけることで、勉強に対するモチベーションの多寡など、他の原因と結びつけてみることができます。
クリティカルシンキングを実践してみよう
それでは、実際にクリティカルシンキングを行う方法を紹介しましょう。
クリティカルシンキングは、次の4つのステップで構成されています。
・ゴールを明確にする
最初のステップでは、どんなことがしたいのか、どんな状況を実現させたいのか、それはどういった理由からなのか、などといった問いを続けてゆきます。
このように客観的思考を行うことで、目指すゴールとそのレベル、達成期限などを、明確に設定することができるようになります。
クリティカルシンキングをスムーズに進めるために、ゴールの設定はできるだけ具体的なものにしておきましょう。
・現状を分析する
最終目的であるゴールやそのレベル、また達成期限の実現を設定することができたら、次は、そのゴールと比較して、現在はどういった状況なのかを細部にわたって調査します。
丁寧に現時点ではどのような状況になっているのかを洗い出しましょう。
このように現状の分析を丁寧に行うことで、次のステップが容易になります。
・課題を見つける
最初に設定したゴールと現状との間の乖離について、どんな乖離があるか、乖離の程度はどのくらいかを測定・分析します。こうすることで、解決すべき課題を見つけることができます。
この際先述したように、「自他共に思考のクセがあるという暗黙のルール」はあることを念頭に置きつつ、できる限り客観的な視点、論点から議論を進めましょう。
・解決のためのアクションプランの作成
これまで思考を継続したことにより、いよいよ取り組むべき課題が明確になりました。
その課題の中でとりわけ重要と考えられるものをピックアップして、
- 誰が
- 何を
- いつまでに
- どこで
- どのようにして
解決していくかというプランニングを行いましょう。
クリティカルシンキング 実践する時のポイント
クリティカルシンキングを実践するときに、押さえておくべき考え方や基本的姿勢があります。
それは次の3点です。
- 目的は何かを常に意識する
- 思考のクセがあることを前提に考える
- 問い続ける
①目的は何かを常に意識する
まず初めに「何のために思考するのか」という目的を明確にしておかなければなりません。
これができないと、議論が部分的になってしまったり、意味のない検討を続けてしまったりすることになります。
論点を事前に押さえたうえで、議論の最終ゴールを明確にしましょう。
②人には思考のクセがあることを前提にして考える
人は気づかないうちに、それぞれの価値観、思い込み、偏見などに、思考を左右されてしまうという、暗黙のルールがあります。
「自分も他人も、共に思考のクセを持っているものだ」ということをまずは頭に入れておきましょう。
そのうえで、ルールに囚われることなく、他に取るべき策はあるかないか、他の要因は考えられないか、といった客観的な視点からの思考を続けることが重要です。
③問い続ける
常に思考を続けるということが、クリティカルシンキングを行う上では最も重要です。
「何のために思考するのか」という目的を設定し、その目的に向かってとことん考え抜くことで、クリティカルシンキングは成熟度を増してゆきます。
これからの教育に必要なものは
さて、クリティカルシンキングとはやや難しい内容だったかもしれませんが、なぜ今、「クリティカルシンキング」が、これほど話題になっているのでしょうか。
変化の著しい現代の世界では、既存の問題の解決をした先にも、新たな課題が見えてくることは少なくありません。
むしろ、そうしたケースがほとんどであると言えます。
このような変化の激しいこれからの時代では、前例や慣習に縛られた既存の思考は通用しません。
ビジネスの世界だけでなく、教育の世界でも、同じことが言えます。
問題があり、それに対する解答や方法が決まっている。
解答や方法をもれなく正確に記憶する。
こうした学習が、今までのオーソドックスな教育方法だったのかもしれません。
そして今までは、その方法でも問題が解決できていたのかもしれません。
けれども、これからの世界で、今までのそうした方法は通用するといえるのでしょうか?
その際に「クリティカルシンキング」を知っていることで、これから出会うかもしれない、様々な困難な問いに対しても、解決方法を探ることができるかもしれません。
まとめ ~多角的に捉える能力が身につく~
クリティカルシンキングを使うと、このように困難な問題に対して、自らの頭で思考を続けるということができます。
- なぜ?
- どうして?
- それはどういう意味?
- 自分が今やるべきことは?
- それは本当なのか?
- 他にやり方はないのか?
- そもそも前提条件は正しいのか?
客観的に様々な角度から、問題に対して思考を続けることで、物事の本質を捉えることができ、さらにその先へと進むことが可能になるといえます。
何度も何度も結論や根拠、問いを反駁し、より精度の高いものに仕上げていく「クリティカルシンキング」は、新しい時代を読み解くため、物事の本質を考え抜くための、大きな助けとなるに違いありません。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。