何か別のことをしながら勉強することを「ながら勉強」といいます。
音楽をかけながらの勉強は、代表的なながら勉強といえるでしょう。
その他、テレビをつけながら勉強をしたり、マンガをよみながら学習動画を視聴したりするのも、ながら勉強です。
ながら勉強は、勉強効率が上がるような気がします。
なぜなら、勉強だけをしているとすぐに飽きてしまうので、なかなか学習時間を長くすることができません。
別のことをしていれば、飽きずに勉強を続けることができます。
しかし、ながら勉強は、勉強効率が下がるような気もします。
なぜなら、気が散るからです。
英単語を覚えようとしているときに音楽を流していると、脳は覚えることと聴くことの2つの作業をすることになります。
勉強に使える脳の機能が半分になってしまうような気がします。
しかも、勉強は「したくないこと」であり、ながら作業は「したいこと」なので、脳はむしろながら作業のほうに集中してしまいそうです。
さて、ここまでの話は「素人」ながら、考えつくことです。
では実際は、ながら勉強は効率的なのでしょうか、非効率なのでしょうか。
科学的には「非効率」という結果が出ている
先に答えを紹介してしまうと、ながら勉強は非効率です。
そのことは、科学的に証明されてしまいました。
目的に関係ない情報を取り除けられないから
アメリカのスタンフォード大学の心理学者が、マルチタスクを多くこなす人と、ひとつずつタスクをこなす人を計100人集めて、記憶力を測る実験をしました。
マルチタスクとは、一度に複数の作業をこなすことをいいます。
マルチ=複数、タスク=作業、という意味です。
つまり、マルチタスクを多くこなす人とは、常にながら作業をしている人のことです。
例えば、音楽を聴きながらネットの動画をみて、インスタグラムに投稿しながらEメールをチェックするような人は、マルチタスクを多くこなす人、といえます。
一方、ひとつずつタスクをこなす人とは、ながら作業をしない人です。
音楽を聴き終えてからネット動画をみて、ネット動画に飽きたらインスタグラムをチェックして、それが終わったらEメールの返信を書く人は、非ながら作業人です。
実験では、マルチタスクの人と非マルチタスクの人に、繰り返し文字をみせて記憶するよう指示しました。
その結果、非マルチタスクの人のほうが、効率よく記憶できていました。
マルチタスクの人は、文字の数が多くなるほど記憶の効率が落ちていきました。
時間が経つほど、そして作業が進むほど、マルチタスクの人は文字の分類がしにくくなるわけです。
このように、マルチタスクの人の記憶力や、頭のなかでの情報整理能力は、非マルチタスクの人より劣っているといえます。
実験を行った心理学者は、マルチタスクの人は、現在の目的に関係のない情報を取り除くことができないのではないか、と推論しています。
同時に2つ以上のことをすることが習慣化している人は、いつも複数のことに関心を持っているわけです。
そのため、2つの作業が与えられ、それを同時にこなそうとしたとき、片方の作業のほうがより重要なのに、両方に気を配ってしまうのです。
脳はひとつしかないので、より重要な作業の精度は落ちてしまいます。
重要作業は、重要でない作業と一緒に行なうべきではない
「マルチタスクは非効率」という指摘は、受験生はよく覚えておいてください。
音楽を聴きながら勉強をするとします。
このとき、主目的は勉強であり、音楽の聴講は副目的のはずです。
しかし音楽を聴きながら勉強をしていると、音楽という情報を頭のなかから取り除くことができなくなります。
それにより、勉強をする脳の作業が遅れてしまいます。
なんとなく音楽を聴きながら、なんとなくノートに落書きをする場合は、どちらの作業が非効率になっても問題ありません。
なんなら両方の作業が非効率になっても問題ありません。
このように、AとBの2つの作業が重要でなく、どちらもなんとなく終わればよい場合、ながら作業で非効率さが生まれても問題は生じません。
しかし、ながら勉強では、学力を上げるという主目的があり、それを補完する目的で音楽を聴くわけです。
この場合、学力を上げる目的を達成できなければ、ながら勉強をやる意味がなくなります。
つまり、AとBの2つの作業があり、Aの作業がとても重要な場合、まったく重要ではないBの作業は同時進行しないほうがよいことがわかります。
さて、科学的に、ながら勉強が非効率であると証明されているわけですが、議論はこれで終わりません。
勉強と一緒にやることを工夫すると、相乗効果が生まれることがあるのです。
次の章でそれをみていきましょう。
多感覚相互作用を使ってジェスチャー勉強をしてみよう
多感覚相互作用とは、できるだけ多くの感覚を同時に刺激したほうが記憶の働きがよくなる、という理屈です。
これを使うと、ながら勉強の効率が上がるかもしれません。
多感覚相互作用とは
まずは、多感覚相互作用を紹介します。
例えば、見る情報と聴く情報の両方を入手すると、脳の中で2つの情報が統合され、情報がより強いインパクトを持つようになります。
複数の感覚が相互に作用し合うからです。
このような実験があります。
被験者にライトを見せて、1回だけ光らせます。
被験者は当然「1回光った」と認識します。
しかし次に、1回だけ光らせたときに、同時に音を2回連続で鳴らすと、被験者は「2回光った」と認識してしまうことがあります。
これは聴覚情報によって、視覚情報が強化されてしまったからです。
別の実験もあります。
モニターの画面の左右の両端から2つの光点が中央に向かって走り出し、中央ですれ違ってまた両端に向かって移動するアニメーションを被験者たちに見せました。
このとき被験者たちは「2つの光点は衝突して反発した」と答える人と「2つの光点は接触せずそれぞれの進行方向に進んだだけ」と答える人にわかれました。
ところが、2つの光点が重なった瞬間に衝突を想像させる音を加えると、「2つの光点は衝突して反発した」と答える人のほうが増えたのです。
この現象は、視覚情報と聴覚情報によって「2つの光点が衝突した」という情報がしっかり構築されてしまったことを説明しています。
多感覚相互作用の研究では、異なる複数の感覚情報が、脳のなかでどのように統合されるのかを解明しようとしています。
ジェスチャー学習法
多感覚相互作用を勉強に取り入れたのが、ジェスチャー学習法です。
例えば「climb」という英単語を「登る」という日本語と一緒に覚えるときに、岩山をよじ登るジェスチャーをしながら覚えると、記憶への定着が進みやすくなることがわかっています。
記憶力が高まったのは、「cとlとiとmとbがつながった単語」と「登る」いう2つの視覚情報に加えて、全身を動かすことによって生じる触覚情報が発生したことで、情報のインパクトが増したためです。
ドイツのマックス・プランク心理言語学研究所が、次のような実験を行いました。
83人の被験者を次の3グループにわけて、人工言語という特殊な言語を学習してもらいました。
- ジェスチャーを使った学習をするグループ
- イラストを使った学習をするグループ
- 音声だけで学習するグループ
その結果、ジェスチャー・グループが圧倒的に好成績を残しました。
次がイラスト・グループでした。
音声・グループが最も低い成績でした。
感覚を使う量は、音声が最も少なく、イラストが中くらいで、ジェスチャーが最も多くなります。
つまり感覚を多く使うほど、勉強効率が上がるわけです。
この結果は、多感覚相互作用を働かせたほうが記憶力が上昇するという説明と合致します。
そしてジェスチャー・グループが勉強効率を上げた理由はもうひとつありました。
ジェスチャー・グループのメンバーがジェスチャーをしているとき、他のメンバーもそのジェスチャーをみていました。
つまり視覚情報の量も、ジェスチャー学習法では増えます。
それも記憶力に寄与していることがわかりました。
なぜ情報の混乱が起きないのか
ここまでの解説で、次のような疑問がわくと思います。
この疑問には次のように答えることができます。
ジェスチャー学習法では、「多くの情報を使って正しい情報をつくろう」というモチベーションが生まれるからです。
「cとlとiとmとbがつながった単語」と「登る」という視覚情報も、岩登りをする動きをする感覚も、また、他人が架空の岩を登ろうとしている滑稽な姿も、「『climb』と『登る』を結び付けよう」というモチベーションにつながります。
しかし、勉強の飽きを予防する目的で聴く音楽は、勉強を補強するものではありません。
その場合、脳は「複数の情報を使って正しい情報をつくろう」とは思いません。
それで脳の能力が分散され、学習効率が低下してしまうわけです。
まとめ~都合よくいかない、ということ
「音楽を聴きながら勉強」はNGで、「ジェスチャーしながら勉強」はOKであることがわかりました。
この結果は、納得的ではないでしょうか。
「音楽を聴きながら勉強」は、どこか真剣さが足りない印象がないでしょうか。
音楽という快楽が加われば、勉強という苦難が中和されて楽々勉強できるのではないか、と考える横着さがうかがえます。
一方の「ジェスチャーしながら勉強」は、全身を使ってでも英単語を記憶したい、という必死さが伝わってきます。
勉強はやはり、楽々進めることができないようにできているのです。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。