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家庭教師の起源・歴史を知ろう!ギリシャ時代から続く教育のお仕事

家庭教師の起源・歴史を知ろう!ギリシャ時代から続く教育のお仕事

家庭教師はいつの時代から存在していたのでしょうか?
どのような起源や歴史があるのでしょうか?

学校の授業の補助としてのイメージが強い「家庭教師」ですが、実は古代ギリシャの時代から存在していたようです!

この記事では、家庭教師について知られざる起源や歴史などについて深掘りして解説します。

家庭教師の起源「パイダゴーゴス」

家庭教師は、はるか古の昔から存在していたと言われています。

「青少年の子どもの教育」という大切な役割を担う家庭教師。
その起源は、今から約2500年前の古代ギリシャに存在した「パイダゴーゴス」に遡ります。

民主政を敷いていた古代ギリシャにはすでに公立学校があったそうです。
アテネの教養人が子どもを教育するために、パイダゴーゴスは学校へ子どもの送迎をし、自宅では家庭教師を務めていました。
パイダゴーゴスはギリシャ語で「子どもを連れていくもの」を意味し、「ペダゴギー(=教育学)」の語源になっています。

一方、学校の教師は「ディダスカロス」と呼ばれていました。
知識を一方的に与えるディダスカロスに対して、「教育学の祖先」となったパイダゴーゴス
現代の認識では「教育の本流は学校にあり、家庭教師はその補助的な役割」というイメージですが、そもそもの起源は逆で、「教育の本流はあくまで家庭教師にあり、学校はむしろ補助的な役割」だったのです。

家庭教師の起源は、人間の教育において「知識の学習そのものよりも、そばにいて共に歩んでいく方がより本質的」という深い示唆を私たちに与えてくれます。

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古代の家庭教師・アリストテレス

また、現代の家庭教師に似た職業として、他に「ソフィスト」もいました。
「知恵ある者」を意味するソフィストは、アテネの市民に弁論術や自然科学などを教えて報酬を受けていたため、今でいう家庭教師のようなものでした。
代表的なソフィストには、哲学者ソクラテスと同時代人のプロタゴラスなどがいます。

著名な哲学者を多数輩出した古代ギリシャ。
その代表格は”哲学の父”として知られ、「無知の知」の思想で有名なソクラテスです。
ソクラテスの弟子で”イデア”の存在を唱えたプラトンは多くの著作を執筆し、「西洋哲学はすべてプラトンから始まった」と言われています。

そして、プラトンの弟子であるアリストテレスは、家庭教師を務めた歴史上の人物の中でとりわけ象徴的です。

アリストテレスの教え子は、かの有名なアレキサンダー大王でした。
アレキサンダーは紀元前4世紀に古代マケドニアの王として広大な版図を築きます。
ローマやモンゴル(元)など、多くの地域を征服した強大な帝国が登場するはるか以前、古代世界にその名を轟かせた王国の支配者でした。
古代マケドニアは軍事史のみならず、西洋文化と東洋文化の橋渡しとなるシルクロードの礎となり、文化史においても大きな存在になりました。

長く続いた二人の師弟関係

アリストテレスの生涯をたどると、10代のときにプラトン主宰の学園「アカデメイア」に入門するものの、その後プラトンと対立。
アカデメイアに対抗する学園「リュケイオン」を設立しています。
その学問的功績は、天文学・気象学・生物学・生理学・詩学・政治学・倫理学・形而上学など多岐にわたり、それらを体系的に組織化したことから”近代科学の祖”とされます。

アリストテレスは40代のとき、当時10代の若きアレキサンダーとその学友を2年間にわたり指導しました。
指導終了後もさらに二人の関係は続き、アレキサンダーの東征中にアリストテレスは書物を書き送ります。
一方、アレキサンダーは各国から動植物をアリストテレスに送るなど、親密な交流が続いたそうです。

直接の指導期間はわずかでしたが、家庭教師の縁を通じて二人は堅い師弟関係にありました。
類をみない最高レベルの個人指導によって、「ヨーロッパとアジアの文化融合」という人類史上のランドマークが打ち立てられたといえます。

時代や社会によって異なる教育のカタチ

古代世界には他にも著名な家庭教師がいました。
古代ローマの「ストア派」哲学者として知られるセネカは、”暴君”と言われた悪名高きローマ皇帝ネロの家庭教師を務めています。
セネカの思想は後のキリスト教にも取り入れられ、後の西洋人に大きな影響を与えました。

家庭教師はこのように、「社会」で生きるために広く必要な能力を身につけさせる使命を帯びた存在でした。
ただ、当時の社会はそもそも現代とはずいぶん異なり、どの国も今では考えられないような身分社会でした。
ギリシャやローマなどの古代国家も奴隷制度に支えられ、貴族社会は社交場のようなものでした。

つまり、現在のような形の平等教育は一般に存在しません
せいぜい聖職者の家庭や教会で、キリスト教の説教とともに簡単な読み書きが教えられる程度だったのです。

学校どころか塾にも通い、さらに家庭教師もつける現代人の生き様を昔の人々がみれば、さぞ驚きの声を上げたことでしょう。

家庭教師の歴史は「西洋学問の歴史」

当時は上流階級の貴族でさえ、子どもが教育機関で教育を受けることは稀でした。
そのため、中世の西洋諸国では学者が代わりに住み込み、「家庭教師」として子どもの教育を行うのが通例でした。

歴史にその名を残すような多くの学者たちも家庭教師を務めています。
たとえば、天体望遠鏡を発明したイタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイは、オーストリアのコジモ2世の家庭教師を務めました。
また、数学で馴染み深い「座標」を発明したフランスの哲学者・数学者のルネ・デカルトは晩年、スウェーデン女王の家庭教師を務めています。

他に家庭教師を行ったことのある学者は、

  • 『人間知性論』を著したイギリスの哲学者ジョン・ロック
  • 『人間本性論』を著した哲学者デイヴィッド・ヒューム
  • 『純粋理性批判』を著したドイツの哲学者イマヌエル・カント
  • 『大論理学』を著した哲学者フリードリヒ・ヘーゲル
  • 『リヴァイアサン』を著したイギリスの哲学者トマス・ホッブズ
  • 『国富論』を著した経済学者アダム・スミス
  • 遺伝法則を発見したオーストリアの司祭ヨハン・メンデル

といった錚々たる顔ぶれが並びます。

また、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインのように、両親の方針で家庭教師による教育を受けた学者もいます。

このように、由緒正しい職業であった家庭教師の歴史は、まさに西洋学問が発達していった歴史そのものといえます。

人間性を取り戻させたルソーの『エミール』

とはいえ、当時の貴族の子の家庭教師は、ときに専制的で高圧的なものでした。
子どもの人権尊重に対する考え方がまだ整っていなかったためです。

『社会契約論』を著した18世紀フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソー
ルソーが、家庭教師による教育について綴ったエッセーが『エミール』です。

作中で孤児の主人公エミールは祖母と家庭教師によって地方で育てられます。
子どもには「自らを育む力」があると信じたルソーは、「自由放任ではない、自由な教育」を作中で推奨します。
むやみやたらに知識を与えず、好奇心や生物学的な本能を大切にしてあるがままに育てよう、という当時としては革新的な試みです。

背景には、貴族社会に蔓延っていた詰め込み的な教育、今でいうところの「知識偏重教育」がありました。
疲弊しきってすっかり人間性を失った子どもたちをみて、ルソーが編み出した新たな思想は、幼稚園設立にもつながる近代教育の礎となります。

偉大な音楽家はみな家庭教師!?

また、優雅なクラシック楽曲でおなじみの中世ヨーロッパの作曲家たちも、その多くが家庭教師を務めました
当時はまだ音楽メディアが存在せず、オーケストラやオペラ公演によるライブ事業しかなかったため、専業の音楽家は少なかったのです。

例を挙げると、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シューベルト、ドヴォルザークなどは作曲や演奏の傍ら、家庭教師を行いました。
『カノン』で有名なパッヘルベルは、バッハのお兄さんの家庭教師をしていたそうです。
逆に、チャイコフスキーのように音楽教育を家庭教師から受けていたケースもあります。

楽器演奏や曲づくりの才能に満ち溢れた当代一流の作曲家の指導を仰げば、教え子たちの音楽的能力は飛躍的に開花したことでしょう。
家庭教師は、人類の文化遺産である音楽の伝承や隆盛にもひと役買っていたのです。

近代の家庭教師「ガヴァネス」

時代が19世紀に下ると、”日が沈まない国”と呼ばれるほど栄華を極めたのはイギリスでした。
ビクトリア朝の貴族家庭にいたのは「ガヴァネス」と呼ばれる女性の家庭教師です。

欧米やアジアの諸国には、主に乳幼児の世話を担う「ナニー」や「ベビーシッター」という職業がありますが、ナニーやベビーシッターの教育が終わったあとの教師がガヴァネスでした。
ガヴァネスは学童期の子どもに、いわゆる「3R」と呼ばれるReading、wRiting、aRithmetic(読み書きや計算)のほか、教養や礼儀作法、語学・楽器・絵画などを学齢や必要に応じて教えました。

世界中のイギリス領土を統治したビクトリア女王の幼少期にも、ルイーゼ・レーツェンというガヴァネスがいました。
ビクトリア女王の教養の低さはガヴァネスに責任があるとされ、後にレーツェンはガヴァネスの任を追放されています。
それくらい、ガヴァネスに求められる教養や行儀作法のレベルは高かったのです。

当時、ガヴァネスが教育を担当していたのは、主に家庭に留まることを期待されていた女の子です。
男の子は幼少時のみで、成長すると「チューター」と呼ばれる別の家庭教師が教育を担当しました。

イギリスの絵本作家ビアトリクス・ポターもガヴァネスを務めた経験があり、子どもに聞かせたお話がやがて童話『ピーターラビット』になりました。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』の主人公マリアも有名なガヴァネスです。
モデルとなった実在の人物マリア・フォン・トラップは音楽による情操教育を通じ、厳格で画一的な教育を受けていたトラップ一家の子どもたちの感性を豊かにしました。

近代の学校誕生の背景

このように種類は数あれど、歴史的に子どもの教育を担っていたのは他でもない「家庭教師」でした。
どの国でも、各家庭や各地域の私塾がそれぞれ個別に子どもを育て、その土地や文化に合った人間を育成する必要があったからです。
特別な教育といえば「家庭教師」という状態が長らく続きました。

ところが文明が徐々に進歩すると、深刻な問題が生じました。
家庭内の教育のみに依存し過ぎると、不特定多数の人々によって構成される「近代社会」では不十分だという認識が共有されはじめたのです。

そこで、各家庭に隔離された子どもの社会性を養うために作り出されたのが、近代の「公立学校」でした。
現代の私たちからすれば、「学校」という存在がまず最初にあり、補助的に家庭教師が登場したような感じがあります。
じつは歴史を紐解いてみると、実際には家庭教育がまず土台にあり、不足を補うために学校が登場したというのが教育史の順序です。

古代ギリシャ・ローマ時代の学問や文化が、14-16世紀のイタリアで復興したことを「ルネサンス」と呼びますが、同様に、教育の分野でも古代ギリシャの学校文化が近代で復活したといえます。

昔は「プロの家庭教師」しかいなかった?

ところで現代の家庭教師には、「学生の家庭教師」と社会人による「プロの家庭教師」の2種類があります。
このうち、多くの方が一般に思い浮かべる家庭教師は、アルバイトとして行われる前者の「学生の家庭教師」かもしれません。

一方、これまでみたとおり、歴史上の「家庭教師」といえばその道のプロフェッショナルが務めるのが当たり前でした。
人生経験豊かな年長者が務めていた理由として、「家庭教師は学問だけでなく、生き方を広く教える存在」とみなされていたことがうかがえます。

家庭教師はあくまで、ひとりの子どもを「良き人間・良き市民」として育て上げるための存在であり、学問の履修は手段のひとつに過ぎなかったのです。

日本の学校教育の歴史

このように、家庭教師は広い意味で「この世界で生きていくのに必要な能力を身につける」ために不可欠な存在でした。

では、日本における家庭教師の歴史はいつ頃始まったのでしょうか?
明治・大正・昭和、あるいは戦後に広まったのでしょうか?

その手がかりを知るには、まず学校教育の歴史を知る必要があります。

江戸時代、庶民の子は寺子屋、地方の武士の子は藩校でそれぞれ学んでいました。
明治に入ると1872年(明治5年)に学校制度が定められ、いまの小学校・中学校・大学が定められます。
その後、1886年(明治19年)に義務教育が4年間になり、1907 年(明治40年)には義務教育が6年間になりました。
現在のように義務教育が9年間になったのは戦後で、1947年 (昭和22年)のことです。

この頃の教育形態は「複線型教育」とも呼ばれ、誰もが一律の教育を受ける形ではありませんでした。
そのため、近代教育が始まった明治から昭和初期(戦前~戦中)にかけては、学校の代わりとなる家庭教師が一定数存在したのです。

勉強できるのも昔は特権のうち

上級武士や皇族は学問や武芸に関して、専門家を招いて各家庭で教えてもらっていました。
西洋社会の家庭教師とは形は違いますが、今で言う「家庭教師」といえるかもしれません。

皇族の例を挙げると、昭和天皇は東宮御学問所において一流の学者から教えを受けられました。
科目は、国語・漢文・数学・歴史・地理・理化学・習字・美術といった一般的なものから、法制・博物・倫理・フランス語・馬術など、たいへん広範囲に及んだそうです。

また、当時10代だった皇太子(=現在の上皇陛下)は、アメリカ人の英語の家庭教師エリザベス・ヴァイニングから4年間にわたり指導を受けられたそうです。

では、一般の人々はどうだったのでしょうか?

現代でいう「ホームスクーリング」のようなものがあり、たとえば夏目漱石の奥さんは学校に通っていなかったそうです。
他には、津田塾大学を開校した教育者の津田梅子が、初代内閣総理大臣・伊藤博文の娘の家庭教師を務めていたことなどが知られています。

このように、近代日本も西洋と同じく、限られた家庭の子どもだけが家庭教師による教育を受けられるという状態でした。

戦後、学校制度が普及し、著しい経済成長とともに中流家庭の子どもの進学率が上がりはじめると、受験戦争が過熱。
従来のイメージの家庭教師が途絶える代わりに、学業成績を高める役割に特化した今の「家庭教師」が台頭します。

こうした経緯で登場した「家庭教師」は名前こそ同じですが、歴史上の家庭教師とは異質の存在といえます。

現代の家庭教師「オンライン家庭教師」

数千年に及ぶ家庭教師の長い歴史をたどってきましたが、家庭教師は21世紀のいま、「オンライン家庭教師」にまで発展しています。

オンライン家庭教師は、最新の通信テクノロジーが生み出した家庭教師の進化形です。
マイクとカメラ、インターネット通信によるビデオ会議システムによって、従来のように自宅を訪問しなくても学習指導を行うことが可能になりました。
これにより、生徒は特定の時間や場所に縛られることなく、より自由な形で指導を受けることができます。

遠隔で好きなときに教育を受けられる現代の家庭教師。
指導能力に長けた家庭教師は、自らの豊富な知識や経験を多くのお子さんに伝えることができます。
多忙だった歴史上の人物たちも、こんな便利なシステムがあればきっと利用したかったことでしょう。

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まとめ

古代ギリシャに端を発し、教育学の起源になった「家庭教師」は、教育史において本流に位置する由緒正しい職業です。机上の知識に限らず、ひとりの人間が社会で生きていくために必要とされる、さまざまな実用的な知恵や感性を広く養い、文化の継承者を育みました。

中世以降、学問・文化的素養に優れ、上流階級の家庭教師を務めた歴史上の人物は枚挙に暇がありません。近代ではガヴァネスが貴族家庭の子女の広汎な教育を担い、日本でも一部において充実した家庭教育が行われていました。また、並行して誕生した近代の学校制度は、家庭教師では補えない社会性の発達を賄いました。

翻って、現代日本における「家庭教師」は学校制度の義務化に伴い、却って役割が狭まり特化しています。学校で習う知識の補完と応用に重心が寄っているきらいはありますが、本質的には今なお古代の家庭教師と変わらない役割が期待されているといえます。多種多様な既存の学問をきっちり修得することは規範を身につけ、頭を柔軟にして発想を豊かにし、人間性を高めることにつながるからです。

過去をよく知ることはすなわち未来を鮮明に想像することです。各時代と共に歩んできた家庭教師の奥深い歴史を知ることは本来の理想像を喚起し、現実の適切な修正を促します。お子さんにとってかけがえのない「良き家庭教師」を探し求める際には、「子どもの自ら育む力を信じる」本来の家庭教師のあり方や「子どもに寄り添う存在」の原意を覚えておくと、お子さんの確固たる成長につながる一助となることでしょう。

公開日:2023年3月28日