北大には「総合入試」という、他大学ではあまり見られない選考方法があります。
総合入試で入学した新入学生は、1年目は学部には配属されません。
学部には2年生から入ります。
多くの国立大は「前期日程(入試)」「後期日程(入試)」「AO入試(2021年度から総合型選抜)」の3つで入学させる学生を選んでいます。
北大はさらにもうひとつ、総合入試があるわけです。
総合入試の特徴は3つあります。
- 総合入試は理系と文系にわかれて行なわれる
- 1年生は学部には入らない。2年になったら学部に配属される
- 文系(または理系)から理系学部(または文系学部)入ることも不可能ではない
驚くべきことに、総合入試での入学者は、文系からでも医学部医学科に行くことができます。
医学部医学科に入れば、医者になることができます。
この記事では、総合入試の仕組みを解説するとともに、その効果を紹介します。
また、東大も似た方法を採用しているので、併せてみていきましょう。
北大の入試制度の概要
総合入試は「北大の入試制度」の一部にすぎないので、まずは北大入試の全体像を確認しておきます。
北大入試の概要を理解していると、総合入試の位置づけが明確になります。
「4+1」種類の入試
冒頭で北大の入試は4種類あると紹介しましたが、厳密にいうと次のように計5種類あります。
・学部別入試(1種類)
・総合入試(理系と文系がある)(2種類)
・国際総合入試(理系と文系がある)(3種類)
●後期日程(学部別入試のみ)(4種類)
●総合型選抜(元AO入試)(5種類)
前期日程の学部別入試と後期日程の学部別入試が、いわゆる「普通の入試」になります。
国際総合入試は、総合入試の一種です。
ただ、募集定員が極端に少なく例外的な存在です。
その詳細は、後段の「総合入試の仕組み」の章で紹介します。
総合型選抜は、以前はAO入試と呼ばれていて、特別に秀でた個性や能力を持っている人を、大学入学共通テスト(元センター試験)、書類、論文、面接で審査する方法です。
総合入試は前期日程の一種類であることがわかります。
また、総合入試と前期日程の学部別入試は、どちらも同じ前期日程なので、受験生はいずれかを選択することになります。
定員に北大の本気度が現れている?
5種類の入試で、何人が北大に入ることができるのか確認しておきます。
入試ごとの定員を知ることによって、北大の「総合入試にかける本気度」がわかると思います。
北大の2021年度入試の総定員は2,463人になります。
その内訳は、文系学部の定員が620人(総定員に占める割合25.2%)、理系学部の定員が1,843人(同74.8%)となっています。
文系学部と理系学部の定員には、総合入試の定員も含みます。
北大は理系大学の色合いが濃いことがわかります。
文系学部の総合入試の定員は95人で、この数字は、総定員の3.9%、文系学部の15.3%です。
理系学部の総合入試の定員は1,017人で、この数字は、総定員の41.3%、理系学部の55.2%になります。
ここから、次のことがわかります。
「理系学部は、総合入試を相当重視している」
「文系学部は、理系ほど重視しているわけではない」
総合入試は、新入生に、大学に入ってからじっくり学部を選んでもらうための制度です。
理系学部は種類が多く選び方も難しいので、総合入試の定員を増やしているわけです。
一方の文系学部は、そもそも文学、教育、法学、経済の4学部しかありません。
さらに、その4学部は「あまり似ていない」ため、文系学部生は、学部選考に、理系学部生ほど悩まないで済みます。
それで文系学部は総合入試の定員の割合を減らしていると考えられます。
総合入試の位置づけがわかったところで、さらに詳しく総合入試をみていきましょう。
総合入試の仕組み
北大の入試には、総合入試、国際総合入試、総合型選抜(元のAO入試)と、「総合」がつく入試が3つもあるので注意してください。
ここでは総合入試について紹介します。
総合入試で北大に入る方法
総合入試で北大に入るには、1次試験にあたる「大学入学共通テスト(元のセンター試験)」を受け、その後、2次試験にあたる「個別学力検査」を受けなければなりません。
2つの試験の合計点で合否が決まります。
この「原則」は文系も理系も同じですが、「細かいルール」は文系と理系でかなり違います。
文系の総合入試は次のとおりです。
- 大学入学共通テスト:6教科8科目:計300点
(国語60点、地理歴史と公民で80点、数学2科目60点、理科2科目40点、外国語60点) - 個別学力検査:計450点
(国語150点、地理歴史または数学150点、外国語150点)
理系の総合入試は次のとおりです。
- 大学入学共通テスト:5教科7科目:計300点
(国語80点、地理歴史または公民40点、数学2科目60点、理科2科目60点、外国語60点) - 個別学力検査:計450点
(数学200または150点、理科100点または150点、外国語150点)
※科目は選抜群ごとに異なる
文系の総合入試の科目は1種類しかありませんが、理系の総合入試の科目は「選抜群」ごとに異なります。
理系の総合入試の「選抜群」とは
総合入試・理系の選抜群には「物理重点」「化学重点」「生物重点」「数学重点」「総合科学」があり、それぞれの試験科目は以下のとおりです。
(単位:点) | 数学 | 主要理科 | その他の理科 | 外国語 |
物理重点選抜群 | 150 | 物理 | 50 | 150 |
100 | ||||
化学重点選抜群 | 150 | 化学 | 50 | 150 |
100 | ||||
生物重点選抜群 | 150 | 生物 | 50 | 150 |
100 | ||||
数学重点選抜群 | 200 | 2科目で | 150 | |
50 | 50 | |||
総合科学選抜群 | 150 | 2科目で | 150 | |
75 | 75 |
ポイントは、理科が主要理科とその他の理科の2種類あることと、数学の点数が微妙に異なる点です。
例えば、物理が得意な受験生が物理重点選抜群を選べば、物理の試験で得点を「稼ぐ」ことができます。
こうすることで北大は「すごく物理はできるけど、他の理科の科目が苦手な受験生」を入学させることができます。
「一芸に秀でている」人を落とさなくて済みます。
そして、理科より数学が得意な受験生は、数学重点選抜群を選ぶことができます。
理科も数学も満遍なく得意な受験生や、とりわけ得意科目がない受験生は、総合科学選抜群を選ぶことができます。
文系でも医学部医学科に行ける
総合入試の「目玉」の仕組みは、総合入試・文系で入学した学生でも、2年目に理系学部に行けることです。
総合入試・理系で入学した学生でも、2年目に文系学部に行けます。
「自分は文系人間(または理系人間)だと思っていたけど、北大で勉強を始めたら、理系人間(または文系人間)であることがわかった」と感じた学生にとって、ありがたい仕組みです。
そして、総合入試・文系で入学した人でも、医学部医学科に行けるかもしれません。
もちろん、総合入試・理系から医学部医学科に行くこともできます。
ただし、総合入試で入学した人が、医学部医学科に入るには、かなり厳しい条件をクリアしなければなりません。
その条件とは、1年生のときの成績が、すべての北大1年生のなかでトップ級であることです。
そのため、総合入試合格から医学部医学科に入るより、最初から医学部医学科の学部別入試に合格したほうが「楽」とさえいわれています。
普通は、総合入試・文系で入学した学生は、2年生のときに文系学部に行き、総合入試・理系で入学した学生は、2年生のときに理系学部に行きます。
次は、総合入試で入った1年生の、学部の選び方を紹介します。
総合入試で入った1年生の学部の選び方
総合入試での入学者だけでなく、学部別入試で入った人も含め、すべての北大1年生は総合教育部に入ります。
例えば、法学部の学部別入試で入学した1年生は、まず総合教育部に入って、2年生から法学部に入ります。
総合入試入学者の1年生は、「本人の志望」と「1年生のときの成績(総合教育部での成績)」を合わせて、2年生から配属される学部が決まります。
もし、法学部を志望する1年生の数が「枠」を超えたら、成績上位者から順に法学部に入っていきます。
成績下位者は、別の学部に入らなければなりません。
成績下位者であっても、留年しない限り、どこかの学部に入ることはできます。
総合入試・文系の定員は95人、総合入試・理系は1,017人でした。
これらの総合入試入学者の文系学部の「枠」は次のようになっています。
- 文学部30人
- 教育学部20人
- 法学部20人
- 経済学部30人
合計が100人になっています。
総合入試・文系入学者の1年生95人が全員文系学部に入っても、5人余ります。
この5人は、総合入試・理系入学者からの移行分と考えることができます。
総合入試入学者の理系学部の「枠」は次のようになっています。
- 理学部229人
- 医学部医学科5人(6年制、医師になることができる学科)
- 医学部保健学科9人
- 歯学部10人
- 薬学部薬科学科35人
- 薬学部薬学科21人(6年制、薬剤師になることができる学科)
- 獣医学部5人
- 水産学部40人
- 工学部511人
- 農学部162人
合計が1,027人になっています。
総合入試・理系入学者の1年生1,017人が全員理系学部に入っても、10人余ります。
この10人は、総合入試・文系入学者からの移行分と考えることができます。
「中卒」でも北大に入れる「国際総合入試」とは
総合入試の仕組みは以上のとおりですが、ここで「国際総合入試」について触れておきます。
とてもユニークな入試制度です。
国際総合入試の定員は、文系は5人、理系は10人となっていますが、一定レベルに達していないと合格させません。
つまり、優秀な受験生がいなければ合格者が0人ということもありえます。
その場合、国際総合入試の文系5人、理系10人の「定員枠」は、総合入試に回されます。
国際総合入試は、一般的な受験生の他に、次のような条件の人も受験できます。
北大が、個別の入学資格審査により、高校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者で、18歳に達した者、または入試の年の3月31日までに18歳に達する者
ここには、「高校を卒業した者」という条件も、「高等学校卒業程度認定試験(高卒認定試験)に合格した者」という条件もありません。
つまり、中卒の人でも国際総合入試に合格すれば、北大に入ることができます。
ただし、国際総合入試の「壁」は相当高く、相当厚いものです。
例えば、英語のスキルについては「国際バカロレア資格の保有者」「米国College Boardが実施するSAT Reasoning Testの成績優秀者」などである必要があります。
また、第1次選考を受けるには、成績評価証明書、調査書、志願理由書、自己推薦書を提出しなければなりません。
第1次選考を通過したら、第2次選考に進みますが、そこでは面接や学力の確認、英語力の確認が行われます。
論文の提出を求められることもあります。
国際総合入試に合格する人は「相当な人」に限られるでしょう。
総合入試の効果と北大の狙い
北大はなぜ、総合入試を導入したのでしょうか。
受験生が、総合入試で北大に入るメリットとデメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
メリット:未成熟な学部選択によるミスマッチを防ぐ
北大が総合入試を導入した最大の動機は、「未成熟な学部選択によるミスマッチを防ぐ」ことです。
受験生のなかには「とにかく北大に入りたい。学部なんてどこでもいい」と考えている人は少なくないでしょう。
道内大学のトップに君臨する北大は、それくらい魅力的です。
また、「農学部に入りたい」と思っている受験生がいたとしても、どの程度、北大農学部について知っているでしょうか。
北大は、「何を勉強したいのか、わからない」と思っている北大生や、「自分が入った学部では自分が勉強したかったことを学べないことがわかった」と感じている北大生が多いことを危惧していました。
受験生が頻繁に、学部選択のミスをおかしていたのです。
学部選択のミスは、学生だけでなく、教授たち教員にとっても「悲劇」です。
やる気のない学生や、学問への興味が薄い学生を教えなければならないからです。
総合入試であれば、「とりあえず北大に入る」ことができ、そのうえ、北大で学びながら学部の情報を集め、自分に合った学部に進むことができます。
学部選択のミスマッチが起きにくい仕組みといえ、これが、総合入試のメリットです。
デメリット:行きたい学部に行けないリスクがある
総合入試のデメリットは、行きたい学部に行けないリスクがあることです。
総合入試入学者が希望する学部に行くには、1年生の講義で優秀な成績を取らなければなりません。
例えば、総合入試入学者の理学部の枠は229人ですが、このうち数学科の枠は37人になっています。
もし数学を学びたい人が38人いたら、そのうち1人は、理学部の別の学科に行かなければなりません。
理学部にはその他に、物理学科、化学科、生物科学科、地域惑星科学科があります。
これらの学科では数学を極めることができません。
すでに行きたい学部が確定している受験生は、総合入試ではなく、学部別入試を受けたほうがよいでしょう。
「総合入試入学者」も「学部別入試入学者」も全員「総合教育部」に所属する
先ほど少し紹介しましたが、北大のすべての1年生は、総合入試入学者も学部別入試入学者も、総合教育部に所属します。
北大が総合入試を実施できるのは、総合教育部があるから、といっても過言ではありません。
もし総合教育学部制度がなかったら、学部が定まっていない総合入試入学者を所属させる場所に困るでしょう。
理系と文系の区別すらなく、すべての学部生をひとつの「部」に入れることは、かなりチャレンジングな取り組みといえます。
なぜなら、学部での専門的な勉強が、その分遅れてしまうからです。
多くの大学が総合教育部のような仕組みを採用しないのはそのためです。
大学からすると、総合教育部の仕組みは「専門のことを教える効率」が低下します。
ではなぜ北大は、あえて非効率な教え方をしているのでしょうか。
総合教育部で学ぶこと
総合教育部で学ぶ内容は、文系理系共通の「教養科目」と「基礎科目」です。
北大ではこの2科をまとめて「全学教育科目」と呼んでいます。
全学教育科目では、次のようなことを学びます。
環境と人間、健康と社会、人間と文化、思索と言語、歴史の視座、芸術と文学、社会の認識、科学・技術の世界、人文・社会科学の基礎、入門線形代数学、物理学Ⅰ、化学Ⅰ、生物学Ⅰ、心理学実験、情報学Ⅰなど
なぜ文系学生に理系科目を学ばせ、理系学生に文系科目を学ばせるのか
なぜ北大は、文系学生に理系科目を学ばせ、理系学生に文系科目を学ばせるのでしょうか。
それは、学生たちに「フロンティア精神」「国際性の涵養」「全人教育」「実学の重視」の考え方を身につけさせたいからです。
他の専門分野や文化に触れる機会を持つことで、学生たちは異なった価値観が存在することを理解できるようになります。
それは、多様な発想と感性を磨くことになるでしょう。
その結果、豊かな創造力が生み出される、というわけです。
社会のリーダーになるには、自分と異なる価値観への理解や、多様な発想や感性や、豊かな想像力が必要です。
北大は学生に、あえて、一見すると非効率に感じられる学びを提供しています。
それは「北大生ならできる」と考えているからです。
また、北大生に、社会に出たときにリーダーとして活躍してもらいたいからです。
北大の教授たちは、学生たちに期待するからこそ、総合教育部制度や全学教育科目を設置しているわけです。
東大の「類」との相違点
学部の垣根と取り払って、すべての学生に同じ講義を受けさせる制度は、東大にもあります。
そして東大の入試は「完全な総合入試」といえます。
東大は北大よりも、総合入試の考え方を徹底しています。
東大は「類」で学生を集めています。
文系は、文科一、二、三類、理系は、理科一、二、三類があります。
東大には、学部別入試がありません。
そして東大でも、文系から理系学部に行ったり、理系から文系学部に行ったりすることができます。
ただ、それぞれの「類」には次のような傾向があります。
- 文科一類:主に法学部
- 文科二類:主に経済学部
- 文科三類:主に文学部
- 理科一類:主に工学部、理学部
- 理科二類:主に農学部、薬学部
- 理科三類:主に医学部
そして全6類の1年生は、教養学部に配属され、各学部に移行するのは3年生からです。
北大と東大の入試制度の大まかな相違点は次のとおりです。
- 北大の総合教育部と東大の教養学部は似ている
- ただ、北大の総合教育部は1年間、東大の教養学部は2年間となっている
- 北大の総合入試と東大の「類」別入試は似ている
- 北大には学部別入試があるが、東大にはない
まとめ~「北海道王者」だからできること
北大の総合入試は、道内の大学のトップの北大だからできる、といえます。
「大学に行っても、何を勉強したらよいのかわからない」と感じている受験生は少なくないでしょう。
しかし、「やりたいことが多すぎてわからない」人と、「やりたいことがないからわからない」人は、全然違います。
北大に合格する人の多くは、例え「何を勉強したらよいのかわからない」と感じていても、社会に出て活躍するために厳しい受験勉強に耐えてきた人たちです。
北大は、そのような真面目で優秀な学生が、学部選択のミスマッチを起こすことを惜しいと考えました。
それで総合入試を導入して、人生に大きな影響を与える学部を、じっくり選べるようにしました。
北大入試はかつて、総合入試一本でした。北大には元々、学部別入試はありませんでした。
「文Ⅰ系、文Ⅱ系、文Ⅲ系、理Ⅰ、理Ⅱ系、理Ⅲ系、水産類、医学進学課程、歯学進学課程」ごとに入試を行ない、そして北大の1、2年生は全員、教養部に入り、3年生から学部に配属されていました。
その仕組みを変えて、学部別入試をメインにしたのは、やはり教育の効率化を考慮したからでしょう。
学部別入試と総合入試の、いわば「ハイブリッド型」入試は、両方のいいとこ取りをするためです。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。