義務教育課程の学習指導要領が近年改定されたように、日本の子どもたちを取り巻く教育も現在さまざまな見直しが行われ、変革期を迎えています。
そんな中、皆さんは「イエナプラン教育」というメソッドを聞いたことはないでしょうか。
イエナプラン教育は、オルタナティブ教育メソッドとして現在注目を集めています。
日本ではまだあまり馴染みがありませんが、ドイツのイエナ大学が発祥の、シュタイナー教育と並び世界的に有名なメソッドです。
「他者の多様性を認めつつ、子供たちの自律を促すこと」を目的とした教育メソッドになります。
イエナプラン教育は、1942年にドイツのイエナ大学ペーター・ペーターゼンによって提唱されたのが始まりですが、その後、ドイツの隣のオランダで広く普及するようになりました。
発祥国のドイツよりも隣国のオランダで広く普及した理由としては、オランダでは「教育の自由」が憲法で保障されていたためといわれています。
戦後のオランダでは、市民たちが自らより良い社会を作り上げるという思想が広がります。
それとともに、誰もが幸せな暮らしを送るための民主主義社会を築くためにふさわしい教育方法として、オルタナティブ教育が広く認められるようになりました。
他の国で生まれた教育メソッドでも柔軟に取り入れられる土壌がオランダには整っていたこともあり、イエナプランはオランダで広く普及することとなります。
現在オランダには、200校以上のイエナプラン教育をベースにした学校が存在します。
日本でもイエナプラン教育を実施する学校が近年開校したことで、注目を集めるようになりました。
今回は、イエナプランについての特徴、メリットやデメリットを紹介、また、日本でイエナプランの教育を受けられる学校について紹介したいと思います。
イエナプラン教育はなぜ生まれたのか?
イエナプラン教育はどのようにして生まれ、どのように世界に広がっていったのでしょうか。
まずはイエナプランの生まれた理由と歴史について紹介しましょう。
先述しましたが、イエナプラン教育を考案したのはドイツのイエナ大学の教授をしていたペーター・ペーターゼンです。
そのころのドイツでは、子どもたちの自主性を重視する「新教育運動」が盛んに行われていました。
運動の指導者の立場として活躍していたペーター・ペーターゼンは、新教育運動の影響を受けたことで、当時にしてはまだ斬新ともいえる次のような教育方法を実践したのです。
それは次のようなものになります。
- 学習内容を科目で分けずに指導すること
- 子ども一人ひとりに応じて指導方法を変えること
- 保護者が積極的に学校教育にかかわること
さらに、子どもたちを社会の中で積極的に参加できるように育成するため、学年別のクラス編成をやめ、また、異なる背景をもつ人たちが混在する環境にするという画期的な教育方法を実践しました。
学校を卒業した後の社会では、年齢や宗教、社会階層が異なる人々と関わることになります。
そのため社会環境と学校の中の環境を同じように整えようと考えたのでした。
その後、イエナプラン教育は主にオランダで広まっていきます。
1960年にオランダで初めてイエナプラン教育を取り入れた学校が設立され、その後オランダの教育改革の影響もあり、イエナプラン教育を取り入れる学校がオランダの各地に広がりました。
現在、オランダ国内には200校以上のイエナプランを取り入れた小学校があるそうで(※2020年現在日本イエナ教育学会調査による)、この数字はイエナプラン教育発祥であるドイツでのイエナプランを採用する学校の数よりも多いとのことです。
さて一方、日本ではイエナプラン教育はどのようになっているでしょうか。
日本でイエナプラン教育が広く知られるようになったのは2000年代になってから。
その背景には、教育研究者のリヒテルズ直子さんの活躍がありました。
リヒテルズ直子さんは、イエナプラン教育についての書籍の執筆や講演会活動などでイエナプランを普及させます。
そうした活動の結果、2010年には、日本イエナ教育学会が結成されました。
イエナプラン教育はどのような教育メソッドなのか
では、イエナプラン教育の教育方針について紹介しましょう。
「日本イエナプラン教育協会」によると、イエナプラン教育では、具体的なコンセプトとなる「イエナプラン20の原則」を最も大切にしており、そこには「人間について」「社会について」「学校について」の20か条の指針が示されています。
オランダのイエナプランスクールでは、学校要覧に必ずこの「20の原則」を掲載することになっているそうです。
<参考>イエナプラン教育「20の原則」
この「20の原則」を読むと、「個を尊重する」「社会性を育てる」「子ども自身の意欲や意思を重視する」ことを重要視しているイエナプランの教育方針が見えてきます。
イエナプラン教育では、子どもたちそれぞれの性格や適応性を重視しています。
子どもたち自身が自らの長所や短所を知りながら成長していくことを大切にし、さらにそれぞれの長所や短所を理解することで多様な個性を認め合い、さまざまな性質の人同士が協力することでよりよい社会を作ることを目指しています。
イエナプラン教育の特徴〜異学年グループ(ファミリーグループ)での学習
次にイエナプラン教育の具体的な特徴について挙げていきましょう。
イエナプラン教育では、教師も生徒と一緒に学ぶ仲間であるとすることから、クラス担任である教員は「グループリーダー」としています。
教員はあくまでも子どもたちと対等な立場と捉えられ、生徒たちがより学びやすいような働きかけを行うことが重要な仕事です。
また、イエナプラン教育の大きな特徴は、異学年で編成された学習グループ(ファミリーグループ)が組まれることです。
年少・年中・年長の役割を経験することができ、兄弟のような関係性で生活するなかで、自然とリーダーシップや信頼関係を築くことができるようになります。
さらに年の差のある生徒同士が同じグループで学び合えることは、他者との違いを尊重する心を育むことができます。
従来の日本の学校のように、同学年で編成されたクラスの環境では、成績の面だけでなく様々な物事に対して、できる・できないの差が明確になりがちです。
けれども、マルチエイジ編成によるクラスでは、個々の能力を認め合うことがしやすくなります。
さらにイエナプラン教育では、障がいをもつ生徒の受け入れを積極的に行っており、健常者と障がいを持つ生徒が一緒の環境で学ぶことも大きな特徴です。
すべての人間にはそれぞれかけがえのない価値があり、誰もが尊重されるべきとするイエナプラン教育では、社会の縮図として多様な人がいる事はあたりまえという考えのもと、生徒たちはひとりひとりの個性や能力を認め合うことができます。
こうして幼いうちから様々な人々の中での助け合いの精神を学ぶことで豊かな人間性が育まれるといえるでしょう。
イエナプラン教育の特徴〜教科に縛られない4つの基本活動を循環させた授業
イエナプラン教育「20の原則」に明記されていますが、イエナプラン教育の授業は従来の学校のような「教科」といったものはなく、対話・遊び・仕事(学習)・催し(行事)の4つの基本活動を循環させながら過ごします。
<対話>
イエナプラン教育では、自身の意見を持つことや、他者との価値観を共有することが重視されており、そのためには会話を交わすことが重要とされています。
具体的に活動の中では、教師にあたるグループリーダーを中心にして、生徒たちは発言しやすいようにサークル型に並び、クラスのルールやさまざまなテーマについて意見交換を行ったり、発表したりします。
<遊び>
遊びは体や脳のリフレッシュにもつながるだけでなく、基本活動全体をリズミカルに展開させる役割があります。
遊びの活動中で、生徒たちは音楽に合わせて感情を表現したり、ゲームや演劇、絵画、スポーツなど、さまざまな企画を自由に取り入れながらメソッドの効果の向上を図ります。
<仕事(学習)>
イエナプラン教育で「仕事」と捉えられる学習には「自律学習」と「共同学習」の2種類があります。
「自律学習」では、自習時間がたっぷり設けられ、個人の得意科目や興味のある分野をグループリーダーと相談しながら、自分自身で学習プランを計画し、学習を進めます。
「共同学習」では、従来の授業のようにグループリーダーから学んだり、ほかの生徒と共にグループプロジェクトに取り組みます。
共同学習での取り組みは、例えば理科や社会といった特定の教科の枠組みを超えた「ワールドオリエンテーション」という総合学習の時間があります。
「ワールドオリエンテーション」では、指定されたテーマに基づいた課題が各グループに与えられ、その課題に取り組みます。
テーマは、労働や環境、地球環境、地形、エネルギー資源、年中行事、コミュニケーションなどからなる「7つの経験領域」と呼ばれる分野から循環的に全校共通のテーマが選ばれます。
この学習は、基本的にはプロジェクト形式で学習が進められます。
グループリーダーのサポートを受けながら、生徒たちは、主体的に実験や検証・インタビューを行ったり、学習内容のプレゼン発表やレポートを作成するなどして、知識を広げていきます。
こうした取り組みは日本でも取り入れられている「課題解決型学習(PBL)」に通ずる学習法で、取り組むテーマに対する理解度や関心度を高める効果が期待できます。
<催し(行事)>
イエナプラン教育では日常的に週のはじめの会とおわりの会が行われていますが、そのほかにも誕生日会・フェスティバル・学芸会のような年中行事も行われます。
こうした催しを通じて行事の計画・実行能力が養われるほか、行事を通じて喜怒哀楽の感情を共有することができるため、共同意識を持って学校生活を送ることができます。
イエナプラン教育の特徴〜自由と責任からなる「静寂の学校」
イエナプラン教育の学校生活では、生徒たちそれぞれの自由が尊重されるため、生徒たち自身で学校の決まり事などを決めています。
ただし、なんでも自由にして良いということではなくて、「すべての人が欲すること」「秩序のある共同生活と仕事(学習)が保証されること」というルールを守ることが大前提です。
生徒たちは、「他の人に迷惑をかけない行動とはどういうことなのか」「自分がすべきことは何か」を自ら考えて責任をもって行動するようになります。
その結果教室は「静寂の学校」と呼ばれるほどに静かな環境が保たれ、その中で生徒たちは集中して学習するようになるのです。
イエナプラン教育の学校では、教室は家族とリラックスして過ごすようなリビングルームであるとしています。
クラス替えをするときには、机や椅子の配置などを生徒たちで考えて決定します。
学習や共同生活を行う教室を家庭のリビングルームのようにリラックスして過ごせるような空間に整えることで、お互いがお互いを尊重して過ごすことができるようになるのです。
イエナプラン教育の特徴〜学校を通して子ども・保護者・教員が関わり合う「学校共同体」
イエナプラン教育では、学校を「生と学びの共同体」と捉え、社会の一員として市民的行動を練習する場としています。
共同体の中心には生徒が据えられて、その周りを保護者が、さらに親子の周りに教育の専門家である教員が配置されています。
共同体で親や教師は、子どもたちの自治を尊重し、すべての子どものために参加することになっています。
イエナプラン教育が受けられる学校は日本にあるの?
文部科学省が認可しているイエナプラン認定校(一条校)は現在ほとんどなく、まだ日本では歴史が浅く馴染みが薄いといえます。
そんな中で2022年現在開校しているイエナプラン教育認定校は以下の2校になります。
学校法人 茂来学園大日向小学校
長野県南佐久郡にある茂木学園大日向小学校は、日本初のイエナプランスクール認定校として2019年4月に開校しました。
特徴的なのが、日本の文化や風土を取り入れながらイエナプラン本来の教育方針と学習指導要領に基づく独自の教育を行い、イエナプランに日本の教育の良さを加えた新たな価値を提供することを掲げている点です。
自然豊かな大日向小学校では、子供たちの好奇心を育む仕掛けがさまざまに工夫されており、学校の内外でさまざまな刺激が受けられる、恵まれた環境が特徴です。
校内は、グループリーダー(教師)と子どもが輪になって話し合えるスペース、子どもたちの作業スペースなど、子どもたちの探求心に応じた動きに柔軟に対応できるつくりの居心地のいい良い教室(リビングルーム)となっています。
また、給食は地元食材を使っており、バイキング形式で提供されています。地域の人たちとの食事会といった交流も活発に行われています。
大日向小学校では、保護者たちや地域社会に開かれた学校環境で、地域全体で生徒たちが学べる体制が整えられています。
寮などはないため、就学のためにこの地域へ移住する家族もいるそうです。
福山市立常石ともに学園
広島県福島市では、学校再編で利用されなくなる常石小学校の施設を活用して、国内2校目として初の公立校であるイエナプラン教育校、福山市立常石ともに学園を2022年4月に開校させました。
開校前の学校説明会には多くの人たちが参加、入学者の半数は市外からの応募だったということからも、全国から注目が集まっている学校ということが伺えます。
福山市教育委員会では、「福山100NEN教育」を掲げ、変化の激しい社会を生き抜くための教育を目指しています。
生徒たちを観察する中で一人ひとりの学ぶ速度や理解度には大きな個人差があることがわかり、福山市は「イエナプラン教育」を市が目指すべき教育プランであるとして、導入を決定しました。
その他
この2校の他にも、現在イエナプラン教育は多くの自治体や学校から注目を集めるようになりました。
愛知県の名古屋市教育委員会は、2019年8月に市内の教員をオランダでのイエナプラン教育の研修に派遣し、2020年2月には大規模な勉強会を開催しました。
2021年度には、学校の課題解決を図る「マッチングプロジェクト」の一環として市内の山吹小学校にてイエナプラン教育の教員研修を行いました。
また、岐阜市の則武小学校では2021年度から毎月1回のイエナプラン導入日を設け、半日から一日の間、異年齢で協働的に過ごす取り組みを始めました。
受験や進路への影響は?イエナプラン教育のメリット
イエナプラン教育のメリットの一つは、年齢に関係なく交流することで、多様な価値観に触れられることが挙げられます。
さまざまな考え方を知ることで物事を多角的に考えられるようになれます。
また、異なる年齢の生徒が同じ教室で授業を受けることで、生徒同士で学び合える点が挙げられます。
年上の子は年下の子に教えることで学習の理解を深めることができますし、年下の子は学習面や生活面においても年上の子をロールモデルとすることができます。
メリットの二つ目は、対話を重視した授業が行われることによって、自分の意見の伝え方や、自分の意見とは違う他人の考えをどのように聞くかということを練習できます。
人の意見をどのように受け入れ、その上でどのように建設的な対話につなげていくのかを考えることで、他者を尊重する気持ちも育まれます。
メリットの三つ目は、「分からない」と言いやすい環境に身を置ける点です。
イエナプラン教育は異年齢の仲間と一緒に学ぶため「分からない」と素直に言いやすい環境があります。
また、周りの生徒も「何が分からないのか」「なぜ分からないのか」ということを共有し、解決していこうとすることで、自分の理解度を自覚し、自分で考える力が養われます。
受験や進路への影響は?イエナプラン教育のデメリット
では、デメリットはどんなものがあるのでしょうか。
まず考えられるデメリットの1つとして、日本での実践例が少ないということが挙げられるでしょう。
というのも、日本にイエナプラン教育が広まってからはまだ約20年しか経っていません。
そのため、日本の子どもに合わせたイエナプラン教育が確立されているとはまだまだ言い難い状況です。
具体的な効果についても実践して検証している例がまだほとんどないため、今後実践の積み重ねが必要といえます。
デメリットの二つ目として考えられるのが、なんといっても学校の少なさです。
文科省が認可する一条校はほんのわずかしかありません。
また公立の中学校や高校では、2022年現在、イエナプラン教育を全校で取り入れる動きはまだありませんので、中学校や高校からはイエナプラン教育ではない学校へ進学することになります。
そのため、中学や高校で受験を希望する場合には自力で受験対策を行う必要があり、このことがデメリットの三つ目として挙げられます。
まとめ
イエナプラン教育のようなオルタナティブ教育は、従来の義務教育が定着している日本においてはまだまだマイナーな存在かもしれません。
けれども、さまざまな価値観や考え方、生き方が認められようとしている現代においては、イエナプラン教育はそうした変化の激しい社会の中でしなやかに生き抜く力を身につけられるメソッドであると言えます。
上記に挙げたように、イエナプラン教育を部分的にも取り入れる動きは、徐々に生まれつつあります。
今後新たな学びの選択肢の一つとして、多くの人たちから選ばれるようになるかもしれません。
イエナプラン教育がこれからの日本で、どのように展開していくのか、ぜひ注目してみてくださいね。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。