子供の教育に力を入れたい保護者を混乱させる2つの説を紹介します。
<A説>
「両親とも高学歴」の環境で育った子供は、高卒の割合が低く、大卒・大学院卒の割合が高くなる
<B説>
「子供の将来は親の育て方次第」という考え方は大きな誤解であり、子育てにおいて親の努力はほとんど無駄になる
A説もB説も、教育の専門家が提言しているものです。
それなのになぜ「子供の教育に対する親の影響度」で、真逆の結論が導き出されているのでしょうか。
保護者は、子供に高学歴を身につけさせる場合、A説とB説では、どちらを選べばよいのでしょうか。
(記事中の肩書は2019年12月現在のものです)
日本には日本流がよい?
教育論の解説に入る前に、答えを先に紹介します。
日本の教育では、A説のほうが有利ではないか、といえます。
はっきりと「A説のほうが正しい」といえないのは、実はB説も捨てがたいからです。
A説が有利なのは、統計的にそのようにいえるからです。
高学歴の親の子供が高学歴になる確率は高く、低学歴の親の子供が低学歴になる確率も高くなっています。
そのため、高学歴でない親が、自分の子供を高偏差値大学に入れたい場合は、高学歴の親と同じくらい、子供の教育に力を入れたほうがよいでしょう。
2つの説の著者の紹介
2つの説の著者を紹介します。
A説は、群馬大学社会情報学部の助教、鳶島修治氏の論文「教育達成・教育意識に対する親学歴の影響 -両親学歴の組み合わせに着目して-」に書かれてある結果です。
論文執筆時、鳶島氏は東北大学大学院教育学研究科、博士後期課程でした。
B説は、アメリカの心理学者で教育研究者でもあるジュディス・リッチ・ハリス氏が唱えている説です。
なぜ、高学歴を目指す日本の子供にはA説がよく、しかしB説も捨てがたいのでしょうか。
両方の説を検証しながら、その答えを見つけてみましょう。
【A説】なぜ親の高学歴が影響するのか
まずはA説「『両親とも高学歴』の環境で育った子供は、高卒の割合が低く、大卒・大学院卒の割合が高くなる」を紹介します。
教育達成が早く、高学歴志向が強いから
鳶島氏は、「両親とも高学歴」の場合に、子供が高学歴にするチャンスが広がるのは、
- 教育達成が進みやすく、
- 高学歴志向が強くなるから
としています。
高学歴を獲得するには学力を上げる必要があり、学力が上がった状態のことを「教育達成」といいます。
高学歴の両親は、自分自身の経験から教育達成の仕方を知っています。
そのため、高学歴両親は、子供を教育達成まで導きやすくなります。
この考え方はよく理解できます。
一方の「高学歴志向」とは、「子供にはできるだけ高い教育を受けさせるのがよい」という意識のことです。
親の高学歴志向です。
高学歴の親が高学歴志向を持つようになるのは、「高学歴を獲得したことでよい機会に恵まれた」と思っているからでしょう。
高学歴はよい仕事が高額年収などをもたらしてくれます。
そのため、高学歴の親が「自分の子供にも、よい機会を与えたい」と強く思うようになることも、想像に難くありません。
ただし「親が高学歴だから」ではない
子供の高学歴のチャンスを高める要素が「教育達成が進みやすいこと」と「高学歴志向が強いこと」の2つであることは重要です。
つまり、子供が高学歴になるのは「親が高学歴だから」「ではない」のです。
これは、高学歴の親も、低学歴の親も、両方ともしっかりと理解しておく必要があります。
高学歴の親は、学歴は遺伝のように自然に子供に受け継がれるものではない、という危機感を持つ必要があります。
子供の教育達成は、適切な教育でしか到達できません。
教育達成をするのは子供自身であり、親は教育を与えることでしかサポートできません。
そして、高学歴の親がしっかり高学歴志向を持ち、子供に高学歴を獲得することの意義を理解させなければなりません。
親が低学歴でも子供を高学歴にすることはできる
低学歴の親は、自分の子供に高学歴を獲得させることをあきらめる必要はありません。
なぜなら「高学歴の親が高学歴の子供を生む」のではなく「教育達成と高学歴志向が、高学歴の子供を生む」からです。
低学歴の親は、子供の教育達成を注意深く観察してください。
高偏差値大学に入れるには、小学生のころから学習習慣を身につけさせる必要があります。
勉強を嫌いにならず、自然と学びたくなるように「誘導」する必要があるでしょう。
また、塾に通わせるなどのサポートも必要になります。
高学歴の親たちは、教育にお金をつかいます。
教育の質にハンデが生じないようにしたいところです。
そして、親自身が「低学歴でも生きていける」「高学歴は役に立たない」と思ってしまったら、子供には、高学歴のメリットが伝わらないでしょう。
親自身が高学歴のメリットを実感し、「自分が高学歴でないからこそ、子供には高学歴を獲得させたい」と本気で思うことが大切です。
【B説】なぜ親の熱心な教育は徒労に終わるのか
ハリス氏のB説をあらためて確認してみましょう。
「子供の将来は親の育て方次第」は大きな誤解であり、子育てにおいて親の努力はほとんど無駄になる
ハリス氏は、教育達成も高学歴志向も考察していません。
そのため、A説と真逆の説が誕生しました。
ハリス氏はさらに、次の内容も否定します。
- 「愛情をこめて抱きしめると、優しい子どもになる」
- 「寝る前に本を読み聞かせると、子どもは勉強好きになる」
- 「体罰は子どもを攻撃的な性格にする」
これらが否定されると「本当なのか」と感じる保護者もいるでしょう。
しかし、上記の3点は、すべて正しくないと、ハリス氏はいいます。
※参考:https://toyokeizai.net/articles/-/187228
重要なのは「仲間」だから
親の教育が徒労に終わるなら、子供の教育には何が必要なのでしょうか。
ハリス氏は、仲間であると指摘します。
ハリス氏は2つの例を使って、仲間の重要性を解説します。
<例1>
イギリスの裕福な家庭に生まれた男の子は、8歳になると全寮制の学校に入れられる。それから10年間、その学校で過ごし、親と会うのは帰省したときの短い期間だけ。
それでも学校を卒業するとき、立派な英国紳士になっている。
その立ち居振る舞いは、父親と瓜二つである。
父親とほとんど接しないまま成長しても、父親と同様に英国紳士になることができるのは、学校の仲間の影響を受けているからだと、ハリス氏は考えます。
もうひとつの例は次のとおりです。
<例2>
ハリス氏は大学生のころ、ロシア人家族の家に下宿していた。ロシア人家族は、夫婦と子供3人だった。
両親は英語が上手でなく、ロシア訛りがどうしても抜けなかった。また、身なりもあまり気にせず、「外国人」であることはひと目でわかった。
しかし3人の子供はしっかりした英語を話し、立ち居振る舞いも、近所の行儀のよいアメリカ人の子供と変わらなかった。
ロシア人の3人の子供は、自宅ではロシア風に、そして学校ではアメリカ風に育ったわけです。
しかし影響を受けたのは、アメリカ風でした。
つまり子供は、イギリスの事例でもロシア家族の事例でも、自分の仲間の影響を受けやすいことがわかります。
親の影響を受けずに、です。
「親はあきらめろ」とさえ言う
ハリス氏は2つの事例から、世の教育熱心な親たちに、次のように呼びかけています。
・親が「自分の思い通りに子供を育て上げることができる」と考えるのは幻想にすぎない
・それはあきらめるべきだ
・子供は、親が夢を描くための白いキャンバスではない
・親は「子供には愛情が必要だから愛する」と考えて愛するのではなく、「愛おしいから愛する」ようにすべき
・子供がどう育つかは、親の育て方にはよらない
・子供を完璧な人間に育て上げることはできない
・子供を堕落させることもできない
そしてハリス氏は、別の事例から、次のようにも言っています。
かなり辛辣です。
・よい仲間に恵まれなかった子供は、仲間との付き合いがないまま成長したサルと同じで、異常行動が目立つようになる
ハリス氏がここまで言うのには、理由があります。
それが最も重要なので、次の章で詳しく解説します。
住む場所と学校を選ぼう
親が子供の教育についてしてあげられることは、住む場所と学校を選ぶことです。
住む場所と学校を厳選することで、自分の子供がよい仲間と接触できる確率が高くなるからです。
住む場所によって、大人の行動様式や、子供の育て方も異なります。
それが、子供たちの行動規範をつくります。
この「子供の行動規範」こそが、子供の教育に大きな影響を与える「仲間」の正体です。
したがって、大人の行動様式や子供の育て方も、重要は重要です。
ただハリス氏によると「大人の行動様式と子供の育て方」が直接、子供に影響するのではありません。
その間に存在する「子供の行動規範」が、子供を変えていきます。
A説とB説は矛盾しない「両方とも実行を」
当初、A説とB説を次のように紹介しました。
<A説>
「両親とも高学歴」の環境で育った子供は、高卒の割合が低く、大卒・大学院卒の割合が高くなる
<B説>
「子供の将来は親の育て方次第」は大きな誤解であり、子育てにおいて親の努力はほとんど無駄になる
上記のように並べると両者は相反する内容にみえますが、2つの説をよく調べると、次のように書き換えることができます。
<A説>
子供の高学歴を実現するのは「教育達成」と「高学歴志向」
<B説>
子供の教育に影響を与えるのは、よい仲間とよい環境
このように並べると、両者が矛盾しないことがわかります。
そして、子供を高偏差値大学に入れたいと思っている親は、A説もB説も両方とも実行しなければいけないこともわかるでしょう。
いきなり両方とも実行するのが難しい場合、まずは日本人が日本の教育を研究して導き出したA説を実行してみてはいかがでしょうか。
まとめ~教育論には注意して
教育論は、いろいろな人が、いろいろな立場から、いろいろな見方をして展開しています。
保護者が教育論を10個くらい集めたら、そのうちのどれかは、自分の今の教育を肯定する内容になっているのではないでしょうか。
しかしそれは、都合のよい解釈をしているに過ぎないかもしれません。
教育論を使って子供の教育方針を決めるときは、論文をしっかり読み込み、著者の意図を探る必要があるでしょう。
そして、ケース・バイ・ケースのこともあります。
つまりある教育論はある子には通用するが、別の子には通用しない、といったことが起こり得ます。
そこで保護者は、特定の教育論を実施する前に、学校の教師や塾講師といった教育のプロの意見を参考にしたほうがよいでしょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。