「GIGAスクール構想」という用語を聞いたことはあるでしょうか?
なんだか大そうなネーミングだけに、親御さんにとっては内容の想像もつかないのが正直なところかもしれません。
GIGAスクール構想によって、子どもたちの将来はどのように変わっていくのでしょうか?
GIGAスクール構想は何のために行い、何が変わるのか、メリット・デメリット・課題点などについて解説します。
GIGAスクール構想の目的
「GIGAスクール構想」は情報通信技術、いわゆるICT(Information and Communication Technology)を活用した学びを推進するために打ち出されました。
早い段階から子どもたちにデジタル端末に触れる機会を平等に与えることで、将来さまざまな産業を担うデジタル人材を育成することがねらいです。
GIGAスクール構想の内容
GIGAスクール構想の内容を端的に表しているのが、「1人1台タブレット」の合言葉です。
「GIGA」は”Global and Innovation Gateway for All” の略称で、直訳すると「すべての(児童・生徒のための)グローバルで革新的なゲートウェイ」という意味になります。
GIGAスクール構想は「生徒1人1人が各1台のタブレット所有」を目指す取り組みで、正式には「全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み」のことです。
児童・生徒向けの端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、多様な子どもたちを誰一人取り残すことのなく、公正に個別最適化された創造性を育む教育の実現を目指します。
1人1台端末の体制が整うと、授業期間だけでなく、長期休暇中などにもタブレットの各家庭への貸し出しが行われ、ブラインドタッチやプログラミングの技能を育むことができます。
金銭的な負担はどうなっているのでしょうか?
2019年12月には2318億円(公立2173億円、私立119億円、国立26億円)もの補正予算案が決定し、国費が投入されることになりました。
アプリケーションの使用料、学校内で使用する際の電気代、及び通信費は教育委員会が負担します。
一方、長期休暇中など、タブレットを持ち帰った場合の電気代や通信費は各家庭の負担になります。
補助対象は都道府県・政令市・その他市区町村です。
補助割合は50%、購入費相当額は1台4.5万円、高速大容量の通信ネットワーク設置費用は一校あたり上限3,000万円と定められています。
GIGAスクール構想の時期
GIGAスクール構想はいつから始まり、いつまで行われる予定なのでしょうか?
計画では「義務教育を受ける児童生徒のために、1人1台の学習者用コンピュータと高速ネットワーク環境などを整備する5年間」と定められています。
開始時期は2019年(令和元年)、終了時期は2023年(令和5年)とされ、「2023年までに1人1台の学習者用コンピュータ」を達成することが目標です。
この目標は努力義務ではなく、2023年度までに必ず達成させるものとされ、国から各教育委員会、地方自治体に対して強制力をもって施行されます。
新型コロナウイルス感染拡大による前倒し
2022年現在の進捗状況はどうなっているのでしょうか?
GIGAスクール構想の当初の予定では「2020年度に小学5-6年生と中学1年生、2021年度に中学2-3年生、2022年度に小学3-4年生、2023年度に小学1-2年生」となっていました。
段階的に2学年ずつ対象になり、浸透の様子をみながら各年度の予算が順次組まれていく予定だったのです。
ところが周知のとおり、新型コロナウイルスの突発的な感染拡大によって、全国の学校ではオンライン学習やオンライン授業の取り組みが必要になりました。
”三密”を避けるための感染防止が教育現場にも求められたためです。
そのための環境構築に欠かせないのが、ネットワークやタブレット端末などの”デジタルインフラ”でした。
そこで予定が急きょ前倒しされ、初年度からすべての学年で予算が組まれることになり、GIGAスクール構想の実施が早まりました。
「コロナ禍は日本のデジタル化を数年早めた」とよく言われますが、GIGAスクール構想はまさにその好例というわけです。
GIGAスクール構想のメリット
では、そもそも何のためにGIGAスクール構想を行うのでしょうか?
最大のメリットは、広い意味での「平等性」が担保されることです。
世帯の収入格差によらず、平等に高価なデジタル端末を所有できるだけでなく、「1人1台タブレット」の実現によって個別学習や協同学習が可能になります。
個別学習とは、生徒一人ひとりの学力に応じて最適にカスタマイズされた学習法です。
タブレットを用いて進捗状況をチェックできるようになると、学習の進度が早い生徒はどんどん先へ進める一方、苦手な生徒は授業よりもゆっくりしたペースで着実に学びを進められます。
また、各生徒にとっての得意教科と苦手教科の進度を自在に調節できます。
協同学習では共通のデジタル資料・ツール・アプリなどを用いて、学びに必要な生徒間のコミュニケーションや議論を促します。
それによって、これまで実施しづらかったプロジェクト学習などのアクティブラーニング型の学びができるようになります。
個別学習や協同学習の実現は、教育の地域格差や学校格差の是正にもつながるものです。
さらに、GIGAスクール構想のメリットは生徒だけでなく、教師にもあります。
成績評価やプリント学習、テストの採点などがデジタル上で完結するため、効率化が図れます。
飛躍的に増加したタブレット端末
デジタル端末との向き合い方を激変させたGIGAスクール構想ですが、デジタル端末の所有率や使用率は実際どのように変化したのでしょうか?
小学生を対象にした調査では、タブレット所有率は18%(2018年度)から34.4%(2021年度)に上昇。
スマートフォンの所有率も16.4%(2018年度)から28.2%(2021年度)に上昇。
いずれも「3年間でほぼ倍増」しています。
小中学生を対象にした2021年の別の調査によると、タブレットまたはパソコンのどちらかを利用している子供は、学校からの貸与・家庭での所有を問わず、どの学年も9割程度でした。
2020年の同調査では約3割程度であったため、「1年間で約3倍」に増えています。
さらに、2022年の調査では高等学校805校のうち、生徒用のモバイルICT端末を導入する割合は全国の85.8%に上りました。
中でも「タブレット型」端末の割合は69.8% (前年比17.4ポイント増)となっています。
このように年齢層を問わず、子どもたちの間でタブレット型端末が急激に普及し始めていることがわかります。
ゲーム機所有への影響
また、思わぬ効果も挙がっています。
小学生のゲーム機の所有率は2018年度には48.9%と約半数でしたが、2021年度は34.5%と14.4ポイントも減少していました。
因果関係は不明であるにせよ、仮に子どもたちにタブレットを所有させたことがゲーム機所有の低下につながり、学習利用の機会が増えたのであれば明るい兆しといえます。
ただし、ゲーム機所有率の減少は必ずしも学習面でのプラス効果を意味しません。
逆に、タブレットを家庭で「ゲーム機」代わりに使用しているという声も聞かれるからです。
タブレット端末は原則、ネット接続されており、動画アプリや有害サイトなどにフィルタリングがかかっています。
しかしながら、利用が許可されているプログラミングアプリ内にあるゲームで長時間遊んでいた事例が報告されているのです。
教育目的でインストールされているアプリにどこまで使用制限をかけるべきか悩ましいところですが、GIGAスクール構想によるゲーム機や学習促進への影響については、さらなる分析が待たれます。
GIGAスクール構想が目指す未来
GIGAスクール構想が見据えるのは、どんな未来でしょうか?
情報通信技術は今や、現代社会の至る所に溢れています。
発展目ざましいロケットや人工衛星などの宇宙分野、SDGsの地球環境分野、新たな電池や素材開発のための材料分野、遺伝子解析や医薬品開発のバイオ分野など…
多岐にわたる科学技術分野が、年々進化するコンピュータの計算力の恩恵に与っています。
さらにデジタル領域の爆発的な発展は、近年進化が著しい5G・AI・IoT・ブロックチェーン・メタバースなどの新興技術を介し、金融・経済・法律・教育・アート・文学などこれまで縁が薄かった人文系分野のパラダイムシフトをも促し、革新的な変化をもたらし始めています。
このように、デジタル端末が育むプログラミングスキルや論理的思考は専門分野の垣根を越え得るため、GIGAスクール構想は広範囲に影響を与えることが期待されています。
GIGAスクール構想のデメリット
非常に多くのメリットがあるGIGAスクール構想ですが、デメリットも存在します。
それは、タブレット端末が常時手元にあることで、注意力散漫な子どもは端末に気を取られてしまうことです。
授業中の集中力低下は喫緊の課題で、教師が話している最中や問題演習の時間帯にタブレット端末を操作しないよう、利用のコントロールが必要です。
また、端末の存在で気分が上の空になるのは生徒だけではありません。
授業中に少しでも楽をしたい多忙の教師にとっても、生徒が端末の操作に夢中になってくれるのは良い気晴らしになるからです。
ご家庭でもテレビや動画視聴によって、親御さんが気分転換を図るケースはあると思いますが、同様の現象が学校内でも起き始めています。
本来なら子どもたちの活発で自由な発言がみられるはずの授業がないがしろにされ、押し黙った沈黙が続きます。
デジタル端末がさほど必要のない学年でさえ、長時間にわたってタブレットを終始無言で操作しているのは異様な光景です。
こうした実態が”デジタル教育”の御旗のもとに、あたかも正当化されているわけです。
教師側もこの状況に甘んじているのであれば、ひとえに端末利用の規範づくりや、デジタル指導者の育成が不十分であるといえます。
したがって、地域や学年にもよりますが、タブレット端末の利用を”十把一絡げ”に肯定するのは禁物です。
お子さんの通っている学校ではデジタル端末が本当に有効活用されているか、ご自身の目で確かめることが大切です。
海外での先行的な取り組み
ところで、海外でのICT教育に関する取り組みはどうなっているのでしょうか?
日本のGIGAスクール構想に相当するものはあるのでしょうか?
タブレット端末の大規模導入学区となっているアメリカ・サンディエゴ統合学区では、早くも2009年から「i21Interactive Classroom」と呼ばれる「教室のICT化プロジェクト」に取り組んでいます。
その内容はGIGAスクール構想に似て、日本の中学2~3年生にあたる生徒が1人1台タブレット端末を渡され、ネット回線を利用するというプロジェクトでした。
貧困率の高い地域でも平等な教育を受けられるように、機会均等のための環境整備がすでに行われていたのです。
GIGAスクール構想開始前の2018年に行われたPISAのICT活用調査によると、北欧のスウェーデンやデンマークなどが上位にランクインし、日本は「授業中のデジタル機器使用時間」がOECD加盟国の中で最下位でした。
ずいぶん前からコンピュータやインターネットの技術発展の恩恵を受けた情報通信社会であるにもかかわらず、日本の教育現場では私学に通わない限り、タブレット端末と無縁だったのです。
重い腰を上げた今回のGIGAスクール構想によって、日本でも約10年遅れでデジタル端末が公教育に導入されたことになります。
革新的な教育改革により、5~10年後には”デジタルネイティブ世代”が社会で活躍できる土壌が整ったわけです。
近年の積極的な動きで「デジタル教育格差」がひとまず緩和され、ホッと胸を撫で下ろした親御さんも多いのではないでしょうか。
今後の課題と教育の変化
地域格差
2021年の利用状況に関する調査によると、全国の公立小学校のうち96.1%、中学校の96.5%が全学年または一部の学年で、GIGAスクール端末の利活用を開始しています。
逆に言えば、小学校では3.9%、中学校では3.5%において利活用が未だ始まっておらず、課題が残されています。
教科書やドリルのデジタル化
文科省はGIGAスクール構想によって「デジタル教科書」を使用する環境が整ったと判断し、2024年度から小中学校の英語の教科書をすべてデジタル化する方針を打ち出しました。
これにより、英文の読み上げ機能などを活用できるようになります。
また、デジタルドリルの導入によって個別学習の最適化を図り、各生徒の習熟度に合わせた学習の実現が期待されます。
教員のリテラシー向上
一方、教員を対象に実施したアンケートでは、デジタル教科書は「フリーズやエラー表示時の対処が必要になる」 という声も約半数上がっています。
教員のデジタル端末利用に関するリテラシー向上は今後の課題です。
プログラミング教育の普及
タブレットが子どもたち全員に配布されたとはいえ、「読み・書き・そろばん」の補強だけでは不十分です。
デジタル端末の真価を発揮するには、何をするか、どのように使うか、の指導が大切です。
デジタル端末でしかできない代表例はプログラミング教育ですが、その普及率はどうなっているのでしょうか?
ある調査の「子供の通っている小学校・中学校で2020年度にプログラミング教育を実施したか」という質問で、「はい」と回答したのは全体の28.1%、 「いいえ」は38.1%、「わからない」は33.8%でした。
学年別では、小学6年生の実施率が48.8%と最も高いという結果でした。
あらゆる産業発展に欠かせないプログラミングスキルですが、その教育は未だ端緒についたばかりといえます。
オンライン授業の定着
コロナ禍によって思いがけず広まった、ZOOMなどのビデオ会議ツールを用いた授業のオンライン化。
せっかく浸透し始めたにもかかわらず、定着しないという問題があります。
オンライン授業のデメリットには「コミュニケーションが取りづらい」「わからないところが聞きづらい」「画面が見づらく、音声が聞き取りづらい」「セットアップが面倒」などがあります。
ですが、デメリットの多くは技術的な要因に由来するため、改善の余地が見込まれます。
オンライン授業には、それらを補って余りある利点があるのも事実です。
長時間の登下校の手間を省き、コロナ感染や台風などの対策になり、授業参観をしやすくし、いじめや不登校の予防にもなるからです。
また、使い方次第でデジタル資料の利用や、外部講師の招聘、合同授業や協働学習など、さまざまな工夫で学びの質を深められます。
ホームスクーリングの実現
デジタル教育の推進が行きつく先は、学校に通わなくてもすべての子どもが個性に応じた十分な教育が受けられる新しい教育態勢の実現です。
授業内容が簡単すぎて集中力が上がらない、もしくは逆に授業のレベルに全くついていけない児童・生徒は一定数存在します。
こうした「学力が著しく平均的でない」児童・生徒が、本人の意志とは無関係に、授業の進行の阻げになることはざらにありました。
一斉教育の弊害を象徴するこの問題に対し、デジタル端末の果たす役割は非常に大きいものです。
オンライン授業をシステム化すれば、家庭にいながら学校の授業を受けるホームスクーリングも可能になります。
すでに、少人数制で完全オンライン教育への移行を果たした高等学校も存在し、高い進学実績も両立していることから人気を博しています。
ただ、まだまだマイノリティであり、義務教育課程の小中学校となると果たして広く浸透するかどうかは未知数です。
このように、デジタル端末を用いたホームスクーリングは一部の生徒のメンタルケアの手段としてだけでなく、学校制度そのものを変えるポテンシャルを秘めています。
まとめ
2019年から始まったGIGAスクール構想が目指すのは「1人1台タブレット」の取り組みによって実現される平等なデジタル社会です。
デジタル人材を育成・供給することで、進化し続ける各産業を全方位的に支えることが狙いです。
デジタル端末の普及率は各世代で高まったものの、未だ普及していない地域もあり、格差是正や教科学習への導入、プログラミング教育、オンライン授業の定着など道半ばの課題が多く残されています。
”ハード”の整備はあくまでスタートラインに過ぎず、人やスキルなど”ソフト”の整備は未だ途についたばかりといえます。
デメリットや課題はあるものの、せっかく定着したデジタルインフラの利点を見つめず、横並びの一斉授業に戻っては本末転倒です。
授業の目的やスタイルに合わせて、オンライン・オフラインの長短を見極め、取捨選択のできる柔軟な姿勢が今後求められます。
未来の教育制度そのものを変え得る革新的なGIGAスクール構想。
子どもたちの好奇心を高め、学びの幅を広めるべく、デジタル端末を自由自在に活用しましょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。