「勉強したくない…」「モチベーションが上がらない…」
そんなお悩みをもつ受験生、あるいはお子さんをお持ちの親御さんは多いかと思います。
どうしたら”やる気”が湧いてくるのでしょうか?
そもそも、モチベーション、やる気とは何なのでしょうか?
そのヒントになるのが「マズローの欲求5段階説」です。
心理学でよく耳にする、マズローの欲求5段階説について詳しく解説します。
やる気が出ない原因
机の上に高く積み上がった教科書、参考書、問題集の山。
膨大な量のテキストを本番のテストや入試までに読みこなし、問題を解かないといけない…とため息をつき、途方に暮れている受験生は多いかもしれません。
「めいいっぱい遊びたいのに、どうしてこんなに大量の”苦しみ”を経験しないといけないんだろう?」
そう思った受験生は、スタート地点から作り上げる必要があるかもしれません。
なぜなら、勉強が思うようにはかどらないのは、心理的な要因による可能性が高いからです。
その心理的なカラクリを説明するのに役立つのが「マズローの欲求5段階説」です。
アメリカの心理学者であるアブラハム・マズロー(1908-1970)が1943年に発表した学説で、日本語の訳書としては『人間性の心理学 モチベーションとパーソナリティ』が1987年に出版されています。
タイトルにもある通り、モチベーションに深く関わる学説として知られています。
マズローの欲求5段階説は「第3の心理学」
心理学的には、マズローの欲求5段階説は”第3の心理学”として位置づけられています。
どういうことでしょうか?
第1の心理学は、オーストリアの心理学者ジークムント・フロイト(1856-1939)の精神分析学です。
抑圧的な行動の原因は無意識下にあるとし、夢分析を行いました。
第2の心理学は行動心理学です。
人間の心理を動物の行動から説明し、条件反射で知られるイワン・パブロフ(1849-1936)や、条件付けで知られるバラス・スキナー(1904-1990)などが有名です。
これに対し、第3の心理学は「人間性心理学」とも呼ばれ、1960年代に生まれました。
当時先行していた第1の心理学・第2の心理学に対し、「心の健康についての心理学を目指し、人間の自己実現を研究する」ものとしています。
人間の欲求を知りたいというニーズ
どのような目的で第3の心理学は生まれたのでしょうか?
そもそも心理学が知りたかったことは、”人間の欲求”や”人間の動機”の解明でした。
心理学が台頭した19世紀はちょうど産業革命が世界に広まった頃です。
どの国でも、大量生産に従事する工場労働者を必要としていました。
工場労働者に求められていたのは、終わることのない単調で機械的な作業です。
労働者に気持ちよく働いてもらうためには、どのようにしたらモチベーションを上げることができるだろうか?
心の仕組みを深く知ろうとする社会的要請があったのです。
第1の心理学を創始したフロイトは精神医学者だったため、統合失調症の患者などを診察するうちに、独自の理論を打ち立てました。
第2の心理学のパブロフやスキナーらは「動物と人間を区別しない」立場から、音を聞くとよだれを垂らす犬や、餌を与えるとレバーを押すようになるネズミの実験などを精力的に行いました。
その結果、「報酬と罰」が行動の火種になることを見出し、人間の動機も動物と同じように、同じ原理でコントロールされる・コントロールし得ることを発見したのです。
人間は動物じゃありません!
また、それらとは別に、18世紀には人間を単なる機械の一部とみなす「人間機械論」と呼ばれる哲学の考え方も生まれていました。
ですが、単純に人間を動物や機械とみなしてよいのでしょうか?
第1・第2の心理学はいずれも”人間の欲求”にまつわる重要な知見をもたらした研究ではありますが、この頃の心理学はどうしても極端になりがちでした。
大多数の人々は精神的な病を患っていませんし、人間を動物とイコールにみなすのもかなり大雑把な見方です。
たしかに、幼い子どもなら甘いおやつをご褒美にお手伝いや片づけを頑張るかもしれませんが、成長するに従って通用しなくなるでしょう。
一般的な成人に対しても適用できるような、動機づけのさらなる普遍的な理論が求められていたのです。
マズローの”ピラミッド”
第3の心理学となる「マズローの欲求5段階説」の理論は、まさにそうした人々の期待に応えるものでした。
欲求には言わずもがな、食欲や睡眠欲、人に認められたい欲、などいろいろな種類があります。
マズローの学説の大きな特徴は、それらが並列ではなく、「ピラミッド型」の構造で表現されていることです。
ピラミッドの建設には土台づくりが重要です。
ピラミッド、すなわち階層型の構造は、下の階層が上の階層の「十分条件」になっていることを意味します。
すなわち、「下の階層の欲求を十分に満たさない限り、上の階層の欲求は満たすことはできない」という主張がこの理論のポイントです。
具体的にみていくと、ピラミッドの下から
第1段階:生理的欲求
第2段階:安全の欲求
第3段階:社会的欲求
第4段階:承認欲求
第5段階:自己実現の欲求
となっています。
内発的な動機が大切
ところで、モチベーションには「内発的動機」「外発的動機」という区分もあります。
内発的動機は「精神的な充足や自己成長」、外発的動機は「報酬や罰」にあたります。
これを、マズローの欲求5段階説に当てはめると、
外発的動機は第1~3段階
内発的動機は第4~5段階
となります。
外発的動機づけは「決められた手順の遂行を強要する」ため、ときに成果を下げる要因にもなり得ます。
この点、自己を促す内発的動機づけの方がより重要で、成果に寄与すると考えられています。
内発的動機はマズローのピラミッドでいうと「承認欲求」と「自己実現欲求」です。
これらの欲求をいかに満たすかが、持続的なモチベーションの向上に欠かせないというわけです。
なぜか勉強するモチベーションが上がらない…
「ピラミッドの上段の欲求が大事」ということが分かったところで、ある受験生の1日を例に、ピラミッドの各階層の意味を説明していきましょう。
今日は大事なテストの前日の夜だとします。
いまあなたは机の前に座っており、机の上には必要な教科書、参考書、問題集がどっさり置いてあります。
見たところ、勉強する準備は万端です。
ところがどういうわけか、とても「勉強したくない!」と思っており、その原因は全く分かりません。
時間は刻一刻と過ぎ、勉強できる猶予はすでに限られています。
いったい原因は何なのでしょうか?
ふとあたりを見渡すと、窓が全開になっていました。
外から凍えるような冷気が室内に入ってきています。
チラホラ雪まで降っており、室温は氷点下になっていました。
これではいけません。
慌てて窓を閉め、エアコンのスイッチをつけました。
しばらくすると、あなたの部屋はポカポカ温まり、なんだか気分が良くなってきました。
さて、これでやる気が湧いたかと思うと…まだ手をつけることができません。
なぜでしょうか?
気づくとお腹がグーとなりました。
今日は昼食のあと、何も食べていないことに気づいたのです。
「腹が減っては戦ができぬ」というとおり、空腹では集中力がみなぎりません。
夕食の時間は過ぎていたため、カップラーメンを食べて空腹を満たすことにしました。
これが第1段階の生理的欲求です。
勉強する気にならない原因は他にも
空腹を満たし、快適な室内環境も整いました。
いよいよ取り掛かろうとしたのも束の間、どうも思うようにはかどりません。
どうしてでしょうか?
昨日、いつも使っているお気に入りのシャープペンシルをなくしてしまったのです。
代わりの鉛筆は短くて持ちづらく、鉛筆削り器はずいぶん前に壊れており、しかも消しゴムまで見当たりません。
字が書きづらいうえ、書き損じを消すこともままならず、おのずと書き間違うことをためらい、設問を解くことも億劫になってきます。
これではいけません。
必要な筆記用具一式を家族から借りることにしました。
再び机に向かうと、やはり集中できません。
ふと戸外に目をやると、道路工事の音が鳴り響いていました。
音がずっと鳴っていればまだしも、轟音が断続的に響きわたります。
そのたびにあなたはビクッと驚いてしまい、集中が途切れていました。
心の安定を脅かされると、何かに集中することはできません。
これが第2段階の安全の欲求です。
心のざわめきは欲求が原因?
ノイズキャンセルのヘッドホンで防音対策を施したあなたは、今度こそと思い、問題文を読み始めます。
すると、何かが頭に引っ掛かり、手が止まってしまいました。
今度は何でしょうか?
実はあなたが所属しているクラブで今週、重大な揉め事が起きていたのです。
入ったばかりの後輩同士のいざこざを諫める必要があり、その責任者はあなたでした。
後輩からは陰で非難され、クラブの顧問からは責任を果たすか、さもないと責任者の役職を降りるよう言い渡されていました。
「しまった…忘れてた!」
すぐさまスマホを取り出して後輩たちに有益なアドバイスを送ると、トラブルはたちどころに解決しました。
後輩たちと顧問からはお礼のメッセージが送られ、あなたは来年度も責任者にとどまることが許されました。
これが第3段階の社会的欲求です。
難しい問題が解けない…その原因は?
懸念事項だったクラブの人間関係も無事解決し、晴れやかな気分になったあなたはいよいよ課題に取りかかります。
最初のうちは気分よく解いていましたが、難しげな応用問題に差し掛かった途端、困難を感じ、再び手が止まってしまいました。
明日のテストで良い結果を出すには、難問に取り組む必要があるものの、どうもやれるという自信がもてないのです。
悩み始めて深みにハマったあなたは、「どうすれば自信がもてるか?」について両親・友人・先輩にそれぞれ相談することにしました。
両親からは「あなたはやればできる子よ」「小さい頃からコツコツ取り組んできた結果、今のお前がある」と励ましの言葉をもらいました。
成績の良い友人からは「参考書の解法をヒントにして、徐々にステップアップするのが大事。君の方が得意な分野でもあるし、自信をもって!」と実践的なアドバイスをもらいました。
大学に合格した先輩からは「この時期は自分も自信がなかった。難易度が上がって大変だけど、やり切れば何とかなる。土壇場に強いお前ならできる」と経験に裏打ちされた助言をもらいました。
相談した全員が自分の実力や成果を認めてくれた結果、あなたは自信を取り戻せました。
そして、じっくり設問に取り組み始めたところ、さっきまで苦しんでいた問題がウソのように解けたのです。
「なんだ、やればできるじゃん」とますます自信が高まっていきました。
これが第4段階の承認欲求です。
ピラミッドの頂点で起こること
とうとうピラミッドの頂点である、第5段階までたどり着きました。
そしてついに、テスト範囲の学習を解き終えたのです!
すると、どうでしょう。
あなたの心の底から何やらフツフツとやる気がみなぎってきます。
就寝までまだ時間があるため、「なんだかまだ、やり足りないな~」という気分になってきたのです。
結局、余った時間で明日の予習をしたり、別の科目の勉強もすることができました。
これが第5段階の自己実現の欲求です。
この日、あなたはやるべき勉強に数時間集中することができました。
結果的に翌日のテストで最高のパフォーマンスを発揮したことは言うまでもありません。
それぞれの問題を解決するまで小1時間かかりましたが、得られた結果に比べれば大したことはありません。
モチベーションが上がらない理由を丁寧に究明できたおかげです。
欲求5段階説を活用しましょう
欲求5段階説を知らなければ、やる気を出す方法が分からないまま寝てしまい、悲惨な結果になっていたことでしょう。
欲求5段階説がモチベーションアップに非常に役立つことがおわかり頂けたかと思います。
ここで取り上げたシチュエーションは極端なケースを想定しましたが、実際にはもっと複雑で、すぐには解決しない、あるいは解決が一筋縄ではいかないケースもあるでしょう。
空腹や睡眠不足、慢性的な病気、身体的な問題、経済的な問題、人間関係の問題など、ストレスの多い現代社会で集中を妨げる要因はたくさんあります。
そして、自分自身が問題の所在に気づいていないことも多く、周囲の人にアドバイスを求めることが必要な場合もあります。
現実には、厄介な問題があることを知りながら棚にあげ、目の前の勉強に何とか集中しようとしている場合がほとんどでしょう。
それでも、問題を発見してはひとつひとつ片づけ、少しでも良い方向に持っていくしか近道はないことを欲求5段階説は教えてくれます。
課外活動の思わぬ効能
別の観点から、欲求5段階説を考えてみましょう。
学習のパフォーマンスを上げるためには「勉強以外の課外活動」も大事であることを教えてくれます。
どういうことでしょうか?
課外活動には、第5段階の「自己実現欲求」の下にある「社会的欲求」「承認欲求」を満たしてくれるチャンスが多いからです。
まず、スポーツや文化の部活動は”グループ”に所属する欲求を満たしてくれます。
また、部活動で役割を果たしたり、成果を挙げてコミュニティに認められた場合、より高次の承認欲求も満たされます。
ボランティア活動もこれらの欲求を満たしてくれる良い手段です。
冒頭の「めいいっぱい遊びたいのに…」という台詞も「遊びたい=社会的欲求」が満ち足りていなかったのでしょう。
昔から言われる「よく遊び、よく学べ」というフレーズは、こうした学習以外の活動の大切さを端的に表した言葉です。
マズローの欲求5段階説に照らすと、言わんとする意味が改めて理解できるのはないでしょうか。
さまざまな局面で役立つフレームワーク
このように、欲求5段階説は非常に有用な思考フレームワークです。
汎用性が高く、勉強のみならず仕事や人生のさまざまな局面に活かすことができます。
たとえば、最近では結婚する人が昔に比べ、少なくなっています。
ひと昔前は(いい歳になったら)「そろそろ結婚しなさい」「家庭を築きなさい」というアドバイスが一般的でした。
欲求5段階説で考えてみると、こうしたアドバイスには単に「そういう時代だったから」という理由にとどまらず、それなりの意味をもちます。
多くの人はひとり暮らしや実家暮らしでは怠惰になりがちです。
他人との共同生活によって気が引き締まり、協力して家事を行うことで食事や睡眠の質が向上し、経済的・精神的にも安定するでしょう。
さらに、ほとんどの人が結婚していた時代では社会的信用も同時に得られ、また、子どもが産まれれば、毎日の世話や育児において否応なく必要とされる存在になります。
つまり、結婚は第1段階の生理的欲求から第2段階の安全の欲求、第3段階の社会的欲求、第4段階の承認欲求をいっぺんに満たせる手段でした。
第5段階の自己実現欲求に踏み入れるための不可欠なステップだったのです。
「欲求5段階説」の位置づけ
欲求5段階説は現代ではどのように解釈されているのでしょうか?
欲求5段階説は仮説であり、また、マズローが提唱してからすでに約80年が経過しています。
その間、心理学の手法が飛躍的に発達したことから、今では古い学説だという批判もあります。
完全に否定されたわけではないにせよ、少なくとも現在の心理学のフレームワークには当てはまりにくいものです。
また、自己実現に向かうピラミッド型の考え方は当時の西洋主義に基づいており、時代や国が変わると通用しない、という批判もあります。
学説は何より立証されることが重要です。
たとえば第2の心理学の場合、人間を動物の一種とみなす考え方に基づくため、動物実験によるアプローチで比較的簡単に検証が可能です。
一方、欲求5段階説は社会的要素を多く含むため、客観的な検証を難しくしています。
特にポイントとなる「自己実現の欲求」は個人差が大きく、均一な個人を前提とする心理学には馴染みづらいものです。
このように学問的根拠には欠ける部分はあるものの、その実用的価値を大きく毀損するものでもありません。
欲求5段階説の考え方は非常にシンプルでわかりやすく、多くの人々の経験則に当てはまってきたからこそ、長く支持を受けてきたといえるでしょう。
まとめ
マズローの欲求5段階説は、人間のモチベーションを探究するなかで生み出された学説です。
ピラミッド型の直観的な図解が訴える”高次の欲求を達成するには、まず低次の欲求を解決せよ”というメッセージは、「急がば回れ」に通じる普遍的な法則です。
欲求5段階説を日常の学習に活用すると、勉強する気力が湧かないときにどう対処すればよいか、潜在的な原因を考えるヒントとなります。
自分の心のうちに潜む欲求を発見できれば、それを満たすためにはどうすればよいか、建設的な解決手段を見出すことができ、結果的に日々の学習に好影響をもたらします。
欲求5段階説は受験勉強だけでなく、仕事や結婚、教育やキャリアなど、あらゆる人生の局面で応用が可能です。
どういうわけかモチベーションが上がらないときの適切な処方箋となり、心の拠り所を授ける強い味方となってくれることでしょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。