「もっと勉強しなきゃ…でも眠いからもう寝たい…」
日夜、大量の暗記項目を覚えるために、睡魔と戦っている受験生は多いかと思います。
学習時間と睡眠の両立は受験生の普遍的な悩みであり、永遠のテーマかもしれません。
そんな悩みに対し、学習と睡眠を融合した「睡眠学習」は魔法の響きをもつワードです。
はたして、そんなことが可能なのでしょうか?
眠りながら覚えるなんて、そんな夢のようなことができるのでしょうか?
この記事では、受験生の味方となる(!?)睡眠学習の方法について解説したいと思います。
そもそも睡眠とは?
睡眠学習の解説に入る前に、まず理解のカギとなる「睡眠」「記憶」について、わかりやすく説明しましょう。
睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠の2種類に分けられます。
レムとはRapid Eye Movementの略(REM)で、「急速眼球運動」という意味です。
実際に「目がぴくぴく活発に動いている」ことからわかるように、レム睡眠はいわゆる浅い睡眠です。
主に「身体」を休めるとされ、寝ているとはいえ、脳(大脳皮質)の働きが活発にみられます。
そのため、レム睡眠は「夢をみる睡眠」としても知られ、70-80%の割合で夢をみるそうです。
また、寝言は通常、レム睡眠時に出ることが多いようです。
いっぽう、目が動かないノンレム睡眠は深い睡眠です。
主に「脳」を休めるとされ、レム睡眠に比べて脳の働きが活発ではありません。
ノンレム睡眠は「夢をみない睡眠」とされますが、実は0-50%の割合で夢をみるそうです。
ただ、夢をみたとしてもまとまりのない曖昧な夢になるか、覚えていないことが多いようです。
レム睡眠とノンレム睡眠は周期的で、通常はノンレム睡眠から始まり、ひと晩で90~120分間ずつ交互に繰り返されます。
進化的にみると、レム睡眠とノンレム睡眠は魚類と両生類では分化しておらず、爬虫類でレム睡眠に似た状態がみられ、哺乳類と鳥類からはっきり分化したと言われています。
イルカやワタリドリはいわゆる「半球睡眠」で、片方の脳ずつ交互にノンレム睡眠を行います。
人間を含む霊長類では、ノンレム睡眠はその深さによってさらに4段階に区別されます。
覚えたことはあっさり忘れてしまう!
今度は記憶の話です。
記憶はどの程度、頭に残り、また忘れてしまうものなのでしょうか?
ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスはこの疑問について調べた心理学者です。
1885年にエビングハウスが出版した本では、記憶の忘れやすさ(忘却曲線)について書かれ、世に広まりました。
忘却曲線とは「記憶の定着率と経過時間の関係」を示したものです。
時間が経つごとに記憶内容が少なくなる、きれいなカーブを描きます。
これによると、たった20分経っただけで覚えたことの約半分を忘れてしまうそうです!
なんだか、ショッキングな結果ですね。
▼睡眠と脳に関するお話は、以下のコラムでも詳しく解説しています。
さらに、覚えてから8時間経つと4割になり、覚えてから1日経つとなんと3分の1になってしまいます。
1ヶ月も経つと、最初の2割程度になってしまうようです。
人間の記憶能力なんて、元来そんなものなのですね。
さらに、2ヶ月以上経つと記憶は1割くらいになります。
「人のうわさも七十五日」という古来のことわざはまんざらでもなさそうです。
情報化社会の現代では、毎日のように大量の情報が怒涛の勢いで頭に入り込んできます。
何か重大な事件が起こっても、1週間もすると「何だったっけ…」となることは日常茶飯事ですよね。
忘却のスピードは、エビングハウスが実験を行った19世紀よりもますます速くなったといえそうです。
睡眠をとると忘れにくくなる!?
では、これほど忘れやすい私たちの記憶は、睡眠によってどのように変わるのでしょうか?
エビングハウスの心理実験から約40年後、「睡眠」と「記憶」の関係を示す実験が行われます。
それが1924年にジェンキンスとダレンバッハが行った実験です。
二人は、エビングハウスの実験結果におかしな点があることに気づきました。
それは、覚えてから8時間後と14時間後の成績にあまり差がなかったことです。
その違いは、”一晩はさんだかどうか”の違いでした。
つまり、「睡眠をとることが何か記憶力に影響するのではないか?」という仮説を思いついたのです。
はたして、二人の実験では、睡眠によって記憶の忘却曲線のカーブが緩やかになる結果になりました。
睡眠をとらない場合、覚えたことは8時間後には2割程度になっていたのに対し、睡眠をとった場合は8時間後も半分以上の記憶が保たれていました。
つまり、覚えた物事は「寝ることで忘れにくくなる」というわけです。
睡眠によって記憶力がアップ
これはどうしてでしょうか?
起きている間は、学習したあとにさまざまな別の出来事に遭遇します。
それによって、覚えたことを次第に忘れていくのかもしれません。
もしくは、睡眠には脳にたまった老廃物を除去する機能もあります。
単に寝て頭がスッキリしただけの可能性も残りますね。
1994年の実験によって、「そうした理由ではない」ことが明確に示されました。
睡眠によって、積極的に「記憶の強化(追加の学習)」が起こることが分かったのです。
この実験によれば、よく睡眠をとると、日中に学習した認知や運動の成績は下がるどころか、むしろ向上がみられました。
しかも、この向上効果は何日立っても持続していたのです。
逆に睡眠中に起こしてしまうと、翌朝の成績向上がみられませんでした。
このことから、睡眠は「学習した記憶を強化する」と結論付けられました。
睡眠学習の複雑な歴史とは?
「睡眠」と「記憶」の関係が一応分かったところで、いよいよ睡眠学習の話に進みましょう。
じつは睡眠学習にはひとことでは説明できない、複雑な歴史があります。
先ほどの1924年のジェンキンスらの実験で「睡眠中は記憶を忘れにくい」事実が示された後のこと。
この発見は当時、たいへんセンセーショナルな発見だったので、人々の間で広まっていきました。
すると、どういうわけか「睡眠中は記憶を忘れにくい」という科学的事実が、なぜか「睡眠中に学習すると物覚えが良くなる」という話にいつのまにか変わっていったのです。
当時は科学的リテラシーがまだ低い時代で、人々は自分たちの都合の良いように話を書き換えたのでしょう。
睡眠中に学習する手法のビジネスがまたたく間に流行り始めました。
日本でもひと頃、枕にレコーダーを組み込んだ「睡眠学習機器」という商品が売られていた時代がありました。
この商品は、覚えたい内容を寝る前に本人がカセットテープに吹き込んで、睡眠中に聞き流すというものでした。
ちょうど受験戦争の盛んな時期と重なったことから、「睡眠学習機器」は売れ行きがよく、爆発的にヒットしました。
根拠が乏しかった睡眠学習
実際に「睡眠学習機器」を使用して、一部の人は試験の成績が上がった、という話も伝わっています。
これは本当に睡眠学習の効果によるものだったのでしょうか?
少なくとも現代の水準ほど、しっかりした科学的な裏付けはなされなかったようです。
というのも、成績が上がった理由として、
- 睡眠前に学習内容を何度も吹き込んだことで、記憶が定着した
- 睡眠学習の効果を信じることで、心理的にプラスな影響があった
- 睡眠学習機器は非常に高価だったので、購入した家庭は教育投資額が全般的に高かった
などの別の要因が考えられるからです。
そのため、睡眠学習には効果があるかもしれないが、ないかもしれない、という程度の曖昧な認識にとどまっていました。
睡眠学習効果の検証
睡眠学習について、複数のしっかりした科学的検証がなされたのはつい最近のことです。
ひとつは、2012年のイスラエルの研究グループによる検証です。
寝る前に学習せず、ノンレム睡眠中に学習するだけで、新しいことを覚える効果があることがわかりました。
ただし、使われたのは「匂いと音」の組み合わせでした。
たしかに記憶には違いありませんが、いわゆる知識の学習ではありませんね。
もうひとつの例は、2014年にスイスの研究グループによる検証です。
ドイツ人を対象にした実験で、外国語(オランダ語)の単語を睡眠前に学習します。
ドイツ人にとってのオランダ語というのは、地理的には日本人にとっての中国語のようなものかもしれません。
入眠後、睡眠前に学習したものと同じ内容をノンレム睡眠中に再び聞かせます。
入眠から4時間後に学習内容をテストしたところ、睡眠をとっていないグループに比べ、単語の意味をよりよく理解できていることがわかりました。
つまり、覚えたい外国語を睡眠中に聞くだけで、単語の記憶力を強化できることが示されたのです。
さらに、現在でも睡眠学習に関する研究は進められており、以下のような情報も入手できました。
眠っている間でも人の脳は学ぶことができるという研究結果が明らかに
脳内活動でも効果を実証
さらに興味深いことに、ノンレム睡眠の学習中に脳波を測定すると、言語処理を行う脳内の場所で特定の活動がみられました。
この活動は「シータ波」と呼ばれるもので、起きているときに「新しいことを学習するときにみられる活動」と同じものでした。
たとえ寝ていても、起きているときと同じように、新しい単語の学習が脳内で活発に起きることが明らかになったのです。
こうして、少なくとも言葉などの音や匂いに関しては、睡眠学習に一定の効果があることが科学的にも実証されました。
さらなる検証のため、別のグループによって動物実験も行われ、そこでもノンレム睡眠中の脳内で学習がたしかに起こり、実際に記憶の定着が行われることが確かめられました。
考えてみると、赤ちゃんの胎教には効果があると言われていますが、赤ちゃんもお母さんのお腹の中で眠っています。
クラシック音楽を流したり、本を読み聞かせる胎教の効果も、こうした睡眠学習の考え方で説明できるのかもしれません。
睡眠と記憶の関わりの研究が進んだ現在では、
- 睡眠学習はノンレム睡眠時にのみ起こる(レム睡眠時には起こらない)
- ノンレム睡眠は知識の定着と一般化を強化する
- レム睡眠は知覚と運動の学習を強化する
ことなどが知られています。
記憶の定着には長時間寝ることが大事!
では、これらの科学的事実を日常の学習に活かすにはどうすればよいのでしょうか?
前述のように、ノンレム睡眠は厳密には4段階あり、大別すると「浅いノンレム睡眠」と「深いノンレム睡眠」の2種類に分けられます。
このうち、記憶の定着に必要な「浅いノンレム睡眠」は明け方に起こるとされます。
ここで最初の話を思い出してほしいのですが、一晩のうちにノンレム睡眠とレム睡眠は交互に繰り返されるのでしたね。
つまり、明け方の「浅いノンレム睡眠」が起きるためには、”長い睡眠時間”が必要なのです。
逆に、睡眠時間が3-4時間くらいになってしまうと、「浅いノンレム睡眠」が起こらず、せっかく覚えた記憶が定着しません。
あまり寝ていない日はパフォーマンスが下がることは誰でも身に覚えがあると思いますが、このような裏付けがあったのです。
また、睡眠の必要度は前日の学習量によっても決まります。
毎日新しいことばかり体験する幼い子がよく寝るのは、長時間睡眠が特に必要だからです。
「寝る子は育つ」と昔から言われる所以ですね。
「浅いノンレム睡眠」をキープするために、7-8時間程度の睡眠時間を確保するように心がけましょう。
睡眠による記憶固定のメカニズム
それにしても、どうして睡眠には記憶力を高める効果があるのでしょうか?
確固たる実験結果が出ているとはいえ、ただ寝ているだけの脳内で何が起こっているのか、本当に不思議ですよね。
それを説明するため、再び「睡眠」と「記憶」の話に戻りましょう。
脳内には、出来事の思い出や空間的な記憶を保持する”海馬”という部位があります。
そして、海馬には訪れた場所を記録する”場所細胞”があることが知られています。
たとえば、日中にA地点からB地点まで歩いたとすると、A地点を記憶する場所細胞aが活動したあと、B地点を記憶する場所細胞bが活動します。
1994年の動物実験によると、日中に経験したパターン活動が、ノンレム睡眠中に高速(ときに20倍速)で再生されることがわかりました。
つまり、睡眠中も、昼間と同じ順序で場所細胞aと場所細胞bがすばやく活動するというわけです。
こうした夜間の活性化によって、たった一度記録されただけの一生に一度の出来事さえ、夜に何百回も再生されることがあります。
もろく、崩れやすい記憶が”固定”されて忘れにくくなるのは、この高速再生によるものだと考えられています。
そして、こうした睡眠による”記憶固定効果”はヒトにもあることが確かめられています。
記憶は不思議なもので、いつも繰り返していることより、少し違う一度きりの体験の方がよく覚えているものですよね。
たとえば、ふだん毎日乗っている通勤電車の記憶よりも、大きな地震で電車がストップしたときに夜道を何時間もかけて歩いて帰った思い出の方が記憶に残っているかと思います。
いつもと違う状況で体験したアクシデントやトラブルが何年経っても頭に残るのは、出来事や場所に関係する海馬における睡眠中の記憶強化のせいなのです。
効果的な睡眠学習スケジュール
まとめると、睡眠学習のポイントは以下のようになります。
・「ノンレム睡眠」中に単語学習を行う
・明け方の「浅いノンレム睡眠」を確保する
これらをふまえ、覚えた内容を忘れにくくする、効果的な睡眠学習の具体的な方法とスケジュールを考えてみましょう。
教科は英語とします。
オリジナルの英単語と日本語訳が続けて流れる音源を準備しましょう。
単語数は10-20問程度とし、正答率が低め(ほとんど見たことのない単語が多数)になるように設定してください。
この学習法は単語の選び方や難易度に結果が左右されるため、語彙レベルのそろっている単語本からできるだけランダムに覚えたい単語を選ぶようにしてください。
スケジュール例(準備:ノンレム睡眠の周期を自己計測する)
①前日に単語テストを行う
②午後11時 に就寝する
③タイマーを利用して単語を入眠1時間後(深夜0時)から90-120分間聞かせる
④タイマーを利用して単語を入眠4時間後(深夜3時)から90-120分間聞かせる
⑤午前7時に起きる
⑥効果確認のため直ちに単語テストを行う
⑦①と⑥の得点結果を比較し、得点上昇率を算出する
⑧睡眠学習を行わない日にも①~⑥を行い、得点上昇率を算出する
⑨⑦の得点上昇率と⑧の得点上昇率を比較する
この例では、最初の2度のノンレム睡眠に分けて、聞き流しをしています。
入眠時刻がまちまちな場合は、ご家族が手伝ってあげるとよいでしょう。
また、学習効果の実測のため、起きたあとに単語テストを行い、何個中何個覚えられているか確認しましょう。
他の学習法と同様に個人差があるので、効果を逐一たしかめることは重要です。
⑦と⑧の得点上昇率に明らかな差(⑦>⑧)があった場合には、睡眠学習の効果が考えられます。
単語数を増やしたり、他の教科の語彙も試してみてください。
うまくいけば、睡眠学習がフィットしているので、日常的に実用できるでしょう。
逆に、⑦と⑧に明らかな差がみられなければ、中断するのも賢明かもしれません。
スマートウォッチで睡眠周期を計測
ノンレム睡眠の周期が計測できれば、より正確な時間帯に学習を行うことができます。
どのようにして計測すればよいでしょうか?
医療現場と違い、脳波・眼球運動・心電などを計測するポリグラフ機器は用意できませんが、今の時代は便利なので、ご家庭でも比較的手軽に睡眠周期を計測することができます。
それは健康測定機器として知られるスマートウォッチです。
米Fitbit社のFitbitや、中国ファーウェイ社のGT2 Proなどがあり、Fitbitは医療用や臨床研究用として実際に現場で使われています。
これらのスマートウォッチには睡眠分析機能がついており、手首につけるだけで、ノンレム睡眠の発生時刻をある程度の精度で突き止められます。
よって、睡眠学習に必要なものは
- 再生デバイス(CD、スマートフォンなど)
- 英単語と日本語訳を吹き込んだ音源
- イヤホン
- スマートウォッチ
となります。
音声が大きすぎると睡眠が妨げられることがあるので、イヤホンのボリュームは事前に調整しておきましょう。
まとめ
睡眠と学習・記憶には深い関係があり、
- 寝る直前の学習は効果的
- 「ノンレム睡眠学習」は(少なくとも)外国語の単語学習に対して効果的
- ノンレム睡眠中の高速再生が記憶の固定化を促す
- 記憶の定着に必要な「浅いノンレム睡眠」のために7-8時間の就寝が必要
などが知られています。
大事な記憶を忘れにくくするために、一時的で移ろいやすい記憶を長期的な記憶に変換することが睡眠の主要な役割であるという説さえあります。
一方、睡眠学習にも100年近い探究の歴史があり、一時はブームが過熱しました。
現時点では複数の証拠となる報告があるものの、専門家の間でも未だに見解が分かれています。
睡眠学習を実際に行う場合には、手順や方法をよく理解したうえで、過信せず効果をしっかり検証しながら行いましょう。
質の良い睡眠は学習以外にも健康上のさまざまな生理的効果をもたらします。
睡眠学習の知見を通して、睡眠の意義に関心を抱くことは受験だけでなく、その後の人生にも良い影響を与えてくれることでしょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。