何の苦労もなく大量の字を書くことができるスマホ全盛の現代でも、「書道」は依然として教育的に優れた習い事です。
もし自分の子供の冬休みの宿題に「書初め」があったら、書道に接する絶好の機会になるので、保護者はしっかりサポートしてあげてください。
習字が苦手な保護者でも、字が上手でない親でも、この記事に書いてあることを子供に教えてあげるだけで、子供は書初めや書道の意義を理解してくれるでしょう。
「書きたくない」と思いながら書初めをするより、「書きたい」と思えるようになってから筆を持たせたほうが、学習効果が高まります。
書初めをする意義と、その意義を子供に伝えるコツを紹介します。
正式な行事と礼儀作法を学べる
書初めとは、書道の道具を使って、年の初めに、向こう1年の抱負や目標を短い文字にして書く行事のことです。
書道では、筆、硯(すずり)、墨汁(墨(すみ))、半紙(紙)などを使います。
そして、筆先に黒い液体の墨汁を染み込ませて、半紙に文字を書きます。
書初めを単なる宿題と考えると、これだけで終わります。
「やっつけ仕事」で処理しようと思えば、準備をして書き終えて後片付けをしても、20分もかかりません。
しかしそれでは、何も身につきません。
どうせやるなら、書初めが正式な行事であることを理解したほうがよいでしょう。
そうすれば礼儀作法を身につけることができます。
書初めの由来
書初めの由来は「吉書」です。
吉書は、元日(1月1日)の早朝に年神様がいる方向「恵方」に向かって祝賀や詩歌を書く行事です。
吉とは「めでたいこと」という意味なので、書初めはお祝い事と考えることもできます。
年神様は普段は高い山のなかにいて、元日に、人々に新年の幸せをもたらすために下界に降りてきます。
恵方とは、祟り(たたり)がめぐってこないよい方向のことで、毎年変わります。
書初めの作法
普段は市販の墨汁を使っている人も、書初めのときは墨(すみ)と硯を使って、自分で水から墨汁をつくりましょう。
硯に水を入れ、墨に水をつけて硯に押し付けるようにして擦(こす)ると、次第に黒い液体になっていきます。
元日の早朝に汲む水のことを「若水」といい、神聖な水とされています。
墨汁づくりには若水を使ってください。
もちろん若水は、水道水で構いません。
書初めは元日でなくても、1月2日に行なうこともできます。
もし、元日も2日も書初めをする余裕がなければ、冬休み中でよいので、必ず実施してください。
何枚か書き、最も奇麗に書くことができたものは、学校に持っていくまで、家のなかに貼っておいてください。
そうしておけば、子供はしばらくの間、自分の文字の形を眺めることになります。
書初めで書くのは1年間の抱負や目標なので、毎日見ることで心に刻むことができます。
また、子供は次第に「ここはもっと長くすべきだった」と思ったり「もっと大胆にはねたほうが格好いい」と感じたりするようになります。
それが、奇麗な字を書くことにつながります。
芸術を知ることができる
書初めは書道のなかの重要なイベントのひとつです。
書道と似たものに習字がありますが、両者は異なる行為です。
習字でも、書道の道具を使い、書道と同じように文字を書きますが、習字の目的は字を習うことです。
習字は、漢字の書き取り練習に似ています。
一方の書道は、芸術活動です。
書道では、文字の形を「鑑賞する対象」にしています。
書道では、美しい文字や整った文字を目指すことも重要ですが、さらに重要なことは自己表現です。
文字を愛でる芸術
例えば書初めをする子供が「今年は、図太く生きていきたい」という抱負を持ったとします。
そのとき、「太く」という2文字を、書初めの文字にしてみてはいかがでしょうか。
そのとき、「太」という文字は、線を太くして、半紙から飛び出んばかりに大きく、そして力強く書いたほうがよいでしょう。
自己表現とは、自分の心のなかにあるもので、みんなに見て知ってもらいたいものを、外に出す行為です。
そのため、自己表現をするには、まずは自分の心のなかを見つめる必要があります。
長い時間、自分の心のなかを見つめていると、外に向かって叫びたくなるものがみつかるはずです。
もしくは、大きな文字にして、自分の目でながめてみたいものがみつかるはずです。
書初めでは「心の文字」を書いてください。
気持ちがこもっているか、気持ちをのせているか
保護者は、書初めは書道であり、芸術であり、自己表現であることを、子供に教えてあげてください。
「見る芸術」作品である点では、書初めで書く文字と絵はまったく同じです。
そして絵に「上手な絵と下手な絵」と「気持ちがこもっている絵と気持ちがこもっていない絵」があるように、書初めにも「上手な字と下手な字」と「気持ちがこもっている字と気持ちがこもっていない字」があります。
書初めで、上手な字を書けないのは仕方がありません。
上手な字は、普段の練習を重ねて、長い時間かけて獲得するスキルだからです。
書初めをして急に下手な字が上手な字になることはないでしょう。
しかし、気持ちがこもっている字は、どの子供でも書くことができます。
保護者は「そこ」をサポートしてあげてください。
例えば子供が「元気」と書いたとします。
しかしその「元気」が、半紙の隅っこに、小さな文字で書かれてあったら、それは気持ちがこもっているとはいえないでしょう。
そのとき保護者は「『元気』と書くのだから、元気よく書いたらいいのに」とアドバイスしてあげてください。
「元」の字が大きすぎてしまった結果、余白が少なくなり「気」が小さい文字になってしまったとします。
その「元気」はバランスが崩れていますが、確実に「元気」はあります。
もし子供が、「大きな『元』と小さな『気』」を満足して書き、保護者も「気持ちがのっている」と感じたら、それを冬休みの宿題として先生に提出してみてはいかがでしょうか。
漢字を覚えることができる
書初めでは、何度も練習しましょう。
まずは、自由に10枚書いてください。
書く文字は、「嵐」「アオハル」「髭男」「玄師」「パプリカ」「機動戦士」など、なんでも構いません。
文字を書くときのルールである「はね」も「とめ」も「はらい」も意識しないでください。
手本は、見ても見なくても構いません。
ただし、線を1本1本丁寧に書くことと、気持ちをのせて書くことは守ってください。
最初に自由に10枚書く目的は、普段使い慣れていない筆を手になじませることと、芸術を楽しむことにあります。
この「肩慣らし」が終わったら、本番の書初めに向けた練習に入ります。
抱負や目標を4文字程度におさめて、その文字を書いていきます。
もし、自分の想いにしっくりくる4文字が見つからなかったら、下の4文字熟語のなかから選んでもよいでしょう。
書初め本番に向けた練習では、同じ文字を何度も書くことになるので、漢字の練習になります。
このときは、書き順と「はね、とめ、はらい」に注意してください。
上手でなくても構いませんが、正しい漢字を書いてください。
二次元を把握する力が強まる
もし子供が書初めを「楽しい」と感じ「書道を習いたい」と言ったら、ぜひ書道教室に通わせてあげてください。
書道を習うと、漢字を覚える、字が奇麗になる、芸術の感性が磨かれる、といった効果が得られます。
そして、書道には、二次元を把握する効果もあります。
二次元を把握する能力は、数学や物理にとても役立ちます。
数学や物理では三次元を扱うことがあるのですが、学習するときは三次元の世界を二次元で表現します。
なぜなら、三次元の問題でも、「紙の上」という二次元の世界で表現しなければならないからです。
下の絵は、数学や物理でよく出てくるもので、いずれも三次元のものを二次元で現しています。
漢字も、三次元を二次元で表している、と考えることができます。
以下の4種類の「日」をみてください。
いずれも「日」ですが、それぞれ書体が異なります。
aはゴシック体、bは教科書体、cは行書体、dだけは「書体」ではなく、書道として書いたものです。
ゴシック体(a)の「日」は左右対称になっています。
これは、二次元の文字を二次元で表しています。
ところが「教科書体(b)→行書体(c)→書道の字(d)」と進むにつれて、左右均衡がくずれていきます。
これは、「三次元を二次元で表現しようとしている」からです。
書道の字(d)は最も誇張して書いた「日」で、次のような特徴があります。
- 右側の縦線が太く、左側の縦線が細い
- 右斜め上に向かっている
- 黒さは右側のほうが濃く、左にいくほど薄くなる
この特徴が出るのは、「日」という文字を、「右下から眺めている」ように書いているからです。
ここでは「日」という文字が「三次元の物体」として存在していると想定しています。
そして「日」を右下から眺めて書いています。
書道を続けていると字が奇麗になりますが、それは文字を三次元の物体としてとらえ、線の太さや墨の濃さで三次元を二次元に置き換えようとするからです。
まとめ~手書きの文字には性格が現れる
手書きの文字には書いた人の性格が現れる、といいます。
普段大人しい人が、書初めのときに大胆な文字を書くことがあります。
それは、「自己表現したい」という気持ちが、半紙の上に解き放たれたからです。
もしくは、いつもは大胆な言動が目立つ人が、繊細な文字を書くこともあります。
意外に気遣いの人なのかもしれません。
字が奇麗で整っていて、丁寧に書く人は、周囲から「賢い人」と思われる傾向にあります。
そのようなよい評価は、人生に少し得をもたらすでしょう。
書初めをきっかけきにして、字を意識してみませんか。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。