塾や予備校といった学校以外の学習機関は、世界中どこにでもあるわけではなく、むしろ存在する国のほうが珍しいといえます。
日本の塾や予備校と似たものは韓国や台湾などにしかありません。
では世界的に有名なハーバード大学やマサチューセッツ工科大学があるアメリカではどうかというと、塾も予備校もありません。
では、アメリカの高校生たちはどのようにして、難関大学に入っているのでしょうか。
「塾事情」と「塾なし事情」を知ると、その国の教育事情がみえてきます。
韓国の塾事情と教育
最初は、韓国の塾事情と教育をみていきます。
日本以上に熾烈(しれつ)
日本にはかつて受験戦争や受験地獄という言葉がありました。
戦争や地獄という不穏な言葉が当てはまるほど、受験生もその親も塾も予備校も学校もヒートアップしていました。
ただ最近は、ゆとり教育が行われたことや、少子化で「大学余り」が進んだことで、一部の難関大学や有名大学を目指さないのであれば、穏便な受験生活を送ることができるでしょう。
しかし韓国は違います。
現代の韓国の受験戦争は、かつての日本の受験戦争より加熱しています。
日本もアメリカも学歴社会ですが、韓国はそれらをしのぐ学歴社会だからです。
学歴社会とは、高学歴を獲得すればよい生活が保証され、学歴が低いと安い給料の仕事にしか就けない社会のことをいいます。
したがって韓国では、難関大学合格をたぐり寄せる塾や予備校の存在はとても大きいのです。
小6生が中1の勉強を終わらせる
猛烈なハゴォン(韓国の塾のこと)になると、小6生に中1の勉強を教えます。
したがって、小6生なのに小5の勉強が頭に入っていないと、ハゴォンの正規コースには入れてもらえません。
そのような子供は、個人対応の塾に通ったり低学年のコースに入ったりして学力を上げます。
そこで学力が上がれば、正規コースに入ることができます。
パルリパルリ文化
韓国語で「早く」はパルリといいます。
韓国受験界はパルリパルリ(早く早く)が常識です。
先ほど、「猛烈なハゴォン(塾)」を紹介しましたが、「さらに猛烈なハゴォン」になると、中3生に高3の勉強を教えます。
では、高校生になったら塾や予備校で何を教わるのかというと、大学入試です。
韓国で大学に入るには、毎年11月に行う大学修学能力試験を受け、その成績によって志望大学を選び、その大学の入試に合格しなければなりません。
日本の国公立大学入試も、センター試験(2021年1月からは大学入学共通テスト)を受けて、その成績をみて志望大学を決めて大学ごとの2次試験を受けるので、韓国の仕組みと似ています。
実は、日本と韓国の大学入試の仕組みが似ていることと、日本と韓国に塾や予備校があることは深い関係があります。
わずか2回のテストだけで難関大学に入ることができてしまうために、塾や予備校が必要になるのです。
なぜでしょうか。
教育の二重構造が塾を生んだ?
もちろん韓国の大学も日本の大学も、高校の成績なども加味して合否を決めています。
しかし日本も韓国も2回の大学入試の比重がとても高いのです。
このような状態のとき、難関大学への入学を切望している受験生は、高校の勉強と大学入試対策のどちらを重視するでしょうか。
当然、大学入試を重視します。
したがって受験生たちは、大学入試を究めようとします。
すると、大学入試で高得点を取る人が続出してしまうので、大学側は入試の難易度を上げなければなりません。
そうなると、大学入試の出題内容は、高校の勉強から離れていくことになります。
このようにして日本と韓国の教育界は、「高校の普通の勉強」と「大学入試に特化した勉強」の二重構造になってしまったのです。
「高校の普通の勉強」は高校が教えます。
では「大学入試に特化した勉強(つまり受験勉強)」は誰に教わればいいのでしょうか。
それで塾や予備校が必要になったわけです。
もちろん塾や予備校は、「高校の普通の勉強」についていけない子供たちに「高校の普通の勉強」を教えることもあります。
しかし、塾や予備校の究極の目標は、日本でも韓国でも大学入試なのです。
台湾の塾事情と教育
台湾も日本以上の学歴社会であり、大学入学のための統一テストがあります。
したがって、台湾にも塾や予備校があります。
ただ台湾は受験勉強のIT化が進み、ネット動画で学習する受験生が爆発的に増えました。
それで台湾にかつて存在した「予備校の街」は随分寂しくなったようです。
ただし、受験熱は冷める気配はなく、高校受験でも大学受験でも、受験生たちは一日中勉強しています。
アメリカの「塾なし」事情と教育
次にアメリカの「塾なし」事情と教育をみていきましょう。
実はアメリカもかなりの学歴社会です。
学歴社会とアメリカンドリーム
アメリカはよく「実力の世界」「アメリカンドリーム」といった言葉で形容されるので、学歴より、能力やセンスで人生が決まるイメージがあると思います。
しかし実際はそうではありません。
大企業では「ハーバード大かそれに準じる大学の卒業者しか採用しない」というところも珍しくありません。
ではなぜアメリカンドリームがことさら強調されるのでしょうか。
それは、超学歴社会のなかにあって、低学歴者が成功することが珍しいからです。
そこには必ずといっていいほどドラマ性があるので、話題になりやすいのです。
しかもアメリカは世界一の経済大国なので、成功すると簡単にいわゆる「大金持ち」になることができます。
日本の成功者とは桁(けた)違いの収入が得られます。
億万長者どころか、資産額が「兆円」になることもあります。
では、アメリカンドリームをつかんだ人の学歴はどのようになっているでしょうか。
フェイスブックの創業者でCEO(最高経営責任者、日本の社長のような役職)のマーク・ザッカーバーグ氏は、名門ハーバード大学に入りましたが中退しています。
iPhoneのアップルの創業者の故・スティーブ・ジョブズ氏は、リード大学という、日本であまりなじみのない大学に入りましたが、やはり中退しています。
もちろん2人とも大金持ちになりました。
ザッカーバーグ氏は775億ドルの資産を持っているといわれています。
1ドル100円で計算してみても…。
話を学歴に戻します。
この偉大なる2人の成功者は、いずれも大学を中退しているので、「学歴社会とは関係ない」と感じるかもしれません。
しかしこの2人はとても特殊な例なのです。
なぜなら2人とも、世の中にまったく存在しないものをつくったからです。
アメリカの一般的な成功者は、名門企業や歴史のある企業、有名企業の経営者や幹部社員になり、そのような人たちは大抵高学歴者です。
日本の大企業と同じです。
ザッカーバーグ氏やジョブズ氏のようなスーパーマンの存在が、アメリカの超学歴社会をみえにくくしまっている、といっていいでしょう。
日本、韓国、台湾は学歴社会であるがゆえに塾や予備校があるのに、なぜ同じ学歴社会のアメリカには塾も予備校もないのでしょうか。
「一発入試」がないから
アメリカに塾も予備校もないのは、大学に入るための一発入試がないからです。
日本も韓国も、共通テストと大学独自のテストがあるので「二発入試」と思うかもしれませんが、これから紹介するアメリカの大学入学の仕組みを知れば「一発も二発も変わらない」ことを理解できるでしょう。
アメリカにもSAT1とSAT2という、大学入学用の試験があります。
SAT2は高校での勉強の知識を問うものなので、日本や韓国の入試と似ています。
しかしSAT1は推論の能力を測るテストであり、塾や予備校で養える力ではありません。
そしてアメリカの大学では、SAT1やSAT2以上に、高校の成績が問われます。
日本の高校の内申書のようなものを、アメリカではGPAと呼んでいますが、これが大学の合否を大きく左右します。
GPAは高校の勉強の成績なので、塾や予備校が介入する余地はありません。
そしてこれが最も重要な要素なのですが、高校の「格」がGPAの評価に加味されるのです。
つまり、アメリカの名門大学は、高偏差値の高校の、GPAのよい生徒だけを入学させる傾向が強いのです。
さらにいえば、高偏差値高校のGPAが高い生徒でも、簡単な授業で単位を積み上げていると合格できません。
このことから、高校の格と高校の授業がいかに大切かがわかると思います。
そして、さらに厳しい現実が、アメリカ教育界にはあります。
アメリカ教育界の厳しい現実
アメリカでは無試験で授業料無料の公立高校に入ることができます。
しかしアメリカ人の多くは「公立高校はレベルが低い」と考えています。
そして実際に、普通の公立高校では、名門大学どころか中堅大学にも入ることができません。
名門大学が高く評価している高校は、ほとんど私立です。
そして名門私立高校に入るには、名門私立中学に入らなければならず、そのためには名門私立小学校、名門私立幼稚園に入る必要があります。
そして、名門私立高校の授業料は、年間4万~5万ドルします。
1ドル100円とすると、学費だけで1年400万~500万円もするのです。
もちろん、「名門私立ルート」以外にも名門大学に入る道はありますが、その場合でも、州を代表するような高偏差値公立中学や高偏差値公立高校に入る必要があります。
しかしこのルートは例外です。
「名門大学に入るには名門私立の学校を進むことが最短ルート」というのは、アメリカの常識になっています。
日本や韓国の受験戦争と比べても、アメリカのこの教育システムは相当過酷ということができるでしょう。
日本の塾事情と教育
日本の大学受験は、ほぼ入試だけで決まるので、入試を解くテクニックを教える塾や予備校が多く存在します。
ただ、韓国の受験戦争に比べると、日本の受験は大分おとなしくなりました。
なぜなら「大学余り」が起きているからです。
日本の「大学余り」が受験をおとなしくした?
1990年の日本のすべての大学の合格率の平均は55.5%でした。
半数強しか合格していません。
しかし2015年の合格率は93.3%です。
大学を選ばずに入試を受ければ、ほぼ確実に合格します。
これは子供の数が減ったのに大学の数が減っていないからです。
この状態を「大学全入学時代」といいます。
誰でも希望すれば大学に入ることができる時代、という意味です。
大学全入学時代であれば、有名大学以外では競争が起きないので、受験の雰囲気がおとなしくなるのは当然です。
東大生の親の半数以上は年収950万円以上
先ほど、アメリカでは、お金をかけて子供を私立学校に通わせないと、名門大学に入るのは難しい、と紹介しました。
これは不公平な感じがします。
一方で日本の大学入学制度は原則、入試のみの闘いなので、受験生は親の収入に関係なく勝負ができそうです。
しかし実際はそうはなっていません。
日本でも、やはり「お金持ちの家の子供」のほうが、よい大学に進学しているのです。
東大生の親の年収を調査したところ、年収950万円以上が54.8%にもなりました。
年収350万円未満は8.7%しかいませんでした。
ところが、国内すべての「40~50代が世帯主になっている世帯」の年収をみると、950万円以上は22.0%しかいないのに、350万円未満は24.5%もいるのです。
東大生の親の年収は、全国平均よりはるかに上回っています。
日本で偏差値が高い大学には、お金持ちの家の子供が多く入っています。
したがって、受験の仕組みこそ違いますが、「お金と名門大学の関係」は日本とアメリカであまり差がありません。
塾や予備校にお金をかけるか、私立学校にお金をかけるかの違いだけです。
まとめ~レベルの高い教育はお金がかかる
名門大学への入学やエリートの道は、誰にでも与えられるものではないので、どの国でも選抜が行われています。
日本や韓国の大学制度は一発入試で選抜しています。
アメリカは私立教育と公立教育を明確にわけることで選抜しています。
ただ、子供一人の力だけで選抜に生き残ることが難しいのは、万国共通のようです。
日本では、塾や予備校が名門大学を目指す子供に力を貸している、といえます。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。