「仮面浪人」という言葉は、大学受験業界のなかでしか使われない言葉でしょう。
仮面浪人とは、入試に合格して入学手続きをして大学生になったものの、来年再び、よりレベルの高い大学の入試を受けるために受験勉強を継続することです。
気持ちは浪人生と同じなのに大学生という地位を獲得していることから、「大学生の仮面を被った浪人生」つまり仮面浪人と呼ばれているわけです。
しかし仮面浪人生本人がそのことを告白しなければ、大学で知り合った友人たちはその人が仮面浪人をしていることに気がつきません。
したがって、仮面浪人を始めたつもりでも、大学に通っているうちにそこが気に入って結局その大学を卒業すれば、普通の大卒者になります。
そういった意味では、仮面浪人は「壮大な保険」ということもできます。
また、正式な浪人生になることを回避しているため、安全を確保したうえで本命大に挑戦していることから、受験戦略とみなすことも可能です。
仮面浪人とは
大学生ではあるが、大学に通いながらも本来の志望する学校に浪人している状況を仮面浪人と呼びます。
しかし一言に「仮面浪人」と言ってもケースによる違いがあります。
それぞれの仮面浪人の特徴について、架空のストーリーで紹介してみます。
Aさんは高3生のときの現役受験で、偏差値60の本命大と偏差値55の滑り止め大を受け、滑り止め大だけに合格しました。
滑り止め大は、本当は受けたくありませんでしたが、親から「浪人はみっともない」といわれたため、渋々受験しました。
結果が出た後も、Aさんは親に、「滑り止め大には行かない。入学手続きもしない。浪人して、来年また本命大に挑戦したい」と訴えました。
しかし親は、「来年また、本命大に挑戦するのは構わないが、浪人は許さない。大学に行かずに受験勉強を継続してもいいが、入学手続きだけは済ませなさい」と言いました。
それでAさんは大学入学の手続きを行い、仮面浪人になりました。
Aさんは親の要望を叶えるために仮面浪人になったわけですが、仮面浪人になった理由や経緯は人それぞれです。
もうひとつの架空ストーリーを紹介します。
Bさんも現役のときの受験で2つの大学を受け、本命大に落ちて第2志望の大学に合格しました。
ただBさんは、第2志望大に「絶対に行きたくない」とは思ってなく、それで入学手続きも躊躇なく行いました。
しかし大学生活がスタートすると、やはり本命大への想いが断ち切れず、「こっそり」受験勉強を再開しました。
Bさんは、本命大の入試の願書の締め切り間近になってようやく、親にその気持ちを打ち明けました。
すると親も、今通っている大学を中退するのではなく、仮面浪人のまま挑戦するのであれば、受験費用などは出す、と言ってくれました。
Aさんは親の要望にしたがって仕方なく仮面浪人をしました。
Bさんは自分の気持ちを整理しきれずに、仮面浪人生活に突入してしまいました。
大学に行くタイプと行かないタイプがある
仮面浪人には、入学した大学に行って講義を受けながら受験勉強もする人と、入学した大学にはまったく行かないで受験勉強をする人もいます。
大学に行くタイプの仮面浪人は、2度目の受験に失敗し、なおかつ今通っている大学にも留年するという、Wパンチを回避したくて、大学の単位も最低限取ろうと考えているわけです。
しかし大学の勉強はそれほど甘くはないので、2つの勉強はどちらも中途半端になってしまうでしょう。
したがってWパンチを回避したためにかえってWパンチを受けることになるという、皮肉な結果に陥るかもしれません。
大学に行かないタイプの仮面浪人は、潔さはありますが、ただ翌年の入試に失敗すると、通っている大学での留年はほぼ間違いなく確定してしまいます。
そうなると通っている大学では、一緒に入学した同級生たちは2年生になるので離れることになりますし、新しい1年生と同学年になりますが1年留年していることは知られるので、なかなか友人関係を築けないかもしれません。
したがって大学に行かないタイプの仮面浪人が2度目の受験に失敗し、結局その大学を卒業することを選択したとき、大学生活は楽しくないものになってしまうかもしれません。
【道内の特殊事情】「北大」と「小樽商大・室蘭工大・帯広畜産大」の偏差値差が大きすぎる
ここで北海道の特殊事情について紹介します。
北海道の場合、仮面浪人はやむを得ないと考えざるをえないケースがあります。
それはトップ大学の北大と2位大学の差が開きすぎているために起きます。
ベネッセによると、北大経済学部の偏差値は68で、小樽商大の偏差値は58です。
偏差値差10は「相当な開きがある」といえますが、道内にはこの2つの大学の間に入る大学が、私立も含めてありません。
理系はさらに深刻で、北大工学部の偏差値68に対し、室蘭工大は50です。
差は18にもなりますが、やはり間に入る大学はありません。
また、帯広畜産大の偏差値は55ですが、北大獣医学部の偏差値は73もあります。
73は北大医学部と同じ値で、72の札幌医科大より偏差値が高いのです。
したがって、北大と小樽商大・室蘭工大・帯広畜産大の間の偏差値を持つ受験生は、小樽商大・室蘭工大・帯広畜産大はゆうゆう合格できるものの、北大には一歩届かないという、悩ましい立場に置かれます。
それで小樽商大や室蘭工大や帯広畜産大に入学しても、北大への想いは簡単には断ち切れないでしょう。
これは本州以南の大学受験業界では起こり得ない現象です。
仮面浪人はやむを得ないでしょう。
仮面浪人するメリット
仮面浪人をするメリットは、大学生という安心・安全な立場で受験を継続できることです。
浪人生が翌年の入試で不合格になったら、2浪することになります。
しかし仮面浪人生が翌年の入試に失敗しても、大学生の立場は維持できます。
すなわち仮面浪人生は、リスクを減らした再挑戦をすることができるわけです。
また仮面浪人は、親の体面を保つことができます。
親のなかには大学のブランドはともかく「子供が浪人した」「子供が不合格になった」という事実のほうを重く受け止めてしまう人もいます。
また子供に浪人を許さない親は、親心として、子供に挫折を味あわせたくない、と考えているのかもしれません。
仮面浪人になった翌年の入試で、志望大学に合格すれば、その人は不合格になることなく、志望大学に入学できます。
履歴に「傷」がつかないわけです。
そして仮面浪人のメリットには「保険機能」があります。
これは重要な内容なので、章をあらためて考察します。
仮面浪人の保険機能
安心・安全な立場で再度志望大に挑戦できることは仮面浪人の最大のメリットですが、この保険機能は道理的に許容されるものなのでしょうか。
もちろん法律的にも大学の入試制度としても、なんら問題はありません。
しかし不本意な大学といえども入学手続きをする以上、入学金と1年分の授業料は支払わなければなりません。
つまり仮面浪人を選択できるのは、富裕層の子弟に限られることになります。
また仮面浪人をしながら大学に通う場合、仮面浪人生は常に「この大学に居たくない」と考えていることになります。
その大学の学生や教職員たちを「侮辱している」とまではいえないにしても、「失礼」な行為ではあるでしょう。
そして仮面浪人がその大学に入学したということは、その大学を本命にしていた受験生が1人落ちたことを意味します。
受験には、試験で1点でも多く獲得した者が勝つ、というルールがあるので誰も仮面浪人生に「文句」をいうことはできませんが、少し「おかしい」という印象はぬぐえないでしょう。
こうしたことを勘案すると、やはり仮面浪人はもろ手を挙げて歓迎できる受験戦略とはいえなさそうです。
仮面浪人するデメリット
仮面浪人をするデメリットは、たくさんあります。
最も大きなデメリットは、入学金と1年分の授業料を支払わなければならないことです。
例えば日本大学の法学部の1年目の学費は、大体100万円です。
日本大学の理系になると170万円近くになります。
親の体面や安心・安全な2度目の受験のためだけにこれだけのお金をかけることは、間違っていないにしても正しいとはいえないでしょう。
それを20歳前の子供に経験させることは、仮面浪人のデメリットといえるでしょう。
さらに、もし仮面浪人戦略が成功し、翌年、本命大に入学できたとしても、仮面浪人をしていた人は100%の達成感を得られるでしょうか。
仮面浪人をするために1年間通った大学に、申し訳ない気持ちも残るでしょう。
こういった良心の呵責などを考えると、必ずしも正しい選択とは言い切れませんが…
それでもやはり「有名大学」に入学することには大きなメリットがあることも事実です。
大学に通いながらの仮面浪人は中途半端な生活になる
仮面浪人であっても、大学に通わず受験に専念する場合は、潔さが残っています。
大学に通わなければ少なくとも留年というペナルティのようなものを受けるので、リスクを背負って挑戦しているといえます。
しかし大学に通いながら仮面浪人している人は、大学の講義も受け、ギリギリ留年しないように最低限の勉強はすることになります。
そうなると大学の勉強も、仮面浪人としての勉強も、両方とも中途半端になってしまうでしょう。
大学に通う以上、級友とまったくコミュニケーションをとらないわけにもいかず、まして、もし2度目の挑戦に失敗したら、今通っている大学を卒業するつもりであれば、普通の大学生のように振る舞わなければなりません。
そうなるとますます中途半端な状態が強まってしまいます。
まとめ~可能だから実行してしまう
仮面浪人という選択は、本人を含めて関係者全員をあまり幸せにしません。
ただ、大学受験の制度上、仮面浪人を選択することはなんの支障もないので「人生の保険をかけたい」「浪人の履歴を付けたくない」と考えれば、容易に選択できてしまいます。
しかし「よい気持ち」を残さないことだけは確かで、また、多額のお金がかかることでもあるので、仮面浪人をするかどうかは慎重に検討したほうがよいでしょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。