「一行読書」とは、読書習慣を身につけるために、1日一行だけ読むという一風変わった読書法です。
本を多く読む人ほど学校の成績がよいので、一行読書で本を読むようになると学力アップにつながるかもしれません。
「子供が本を読まない」「子供の成績が芳しくない」と悩んでいる保護者は、子供に一行読書をすすめてみてはいかがでしょうか。
――と、このような話を聞くと、次のような疑問がわくと思います。
- 1日一行を読むだけで、読書したことになるのか
- 一行読書で本当に読書習慣が身につくのか
- 最終的に学力が上がるのか
この疑問にはすべて「YES」で答えることができますが、ただし「条件」があります。
一行読書のやり方と、わずか一行で読者を魅了する言葉の力について解説します。
一行読書は「苦肉の策」
一行読書の効果をもう一度確認しておきます。
- 1日一行を読むだけで、読書したことになる
- 一行読書で読書習慣が身につく
- 最終的に学力が上がる
ただし、この効果を得られるのは、「読書が苦手で10分も読んでいられない子供」だけです。
本を読むことが好きで、すでに読書習慣があり、ある程度の学力がある子供は、一行読書ではなく、これまでとおり普通の読書法で本を読んでいってください。
しかし、読書が苦手な子供には、一行読書が、普通の読書習慣を身につけるためのきっかけになります。
それはとても重要なことです。
読書が苦手な子供を持つ保護者は、子供と一緒に一行読書に取り組んでみてください。
ただし、一行読書は「苦肉の策」なので、子供が1日3行読めるようになったら、次は1日10行を目指したり、1日1ページを目指したり、1日1冊を目指していってください。
一行読書はどのように進めればよいのか
一行読書の進め方を紹介します。
小説にしてみてはいかがでしょうか
一行読書を始めるには、本を1冊選ぶ必要があります。
その1冊は、簡単ではない本がよいでしょう。
簡単な内容だと、わざわざ一行読書を行なう価値が薄れてしまいます。
また、さすがに参考書や問題集や副読本といった、勉強のための本は、一行読書に向いていません。
参考書などの一行は、それだけでは意味が取れないからです。
一行読書には、小説がよいでしょう。
小説家は小説を、文章による芸術作品ととらえています。
小説家は、文章を、単なる情報伝達装置とは考えません。
小説家は、文章をきれいにしようとしたり、文章に味わいを持たせようとしたり、文章で雰囲気を醸し出そうとしたりします。
それで優れた小説には、きらりと光る一行が、何本も含まれているのです。
では、どの小説を、一行読書の対象にしたらよいでしょうか。
「新潮文庫の100冊」から選んでみましょう
小説選びに迷ったら「新潮文庫の100冊」から選んでみてはいかがでしょうか。
「新潮文庫の100冊」は、出版社の株式会社新潮社が、自社の大量の文庫本から、わずか100冊を厳選して、何を読んだらよいのかわからない人に推薦するキャンペーンです。
1976年から行っている企画で、毎年夏に100冊を発表しています。
100冊のラインナップは毎年少しずつ変えていて、歴史的名著、最近流行った本、国内作家の小説、海外作家の翻訳本などが含まれています。
このなかから1冊を選んで、一行読書をしてみましょう。
村上春樹「1Q84 BOOK1 〈4月~6月〉」で一行読書してみる
今、日本人作家のなかで「最もノーベル文学賞に近い人」といわれている村上春樹さんの小説が「新潮文庫の100冊」に入っているので、それで一行読書をしてみてはいかがでしょうか。
作品名は「1Q84 BOOK1 〈4月~6月〉」です。
※参考:https://100satsu.com/detail/index.html?book100159?becomenumb
この本で一行読書をする方法を紹介します。
今日はここまで
「1Q84 BOOK1 〈4月~6月〉」の最初の一行は次のとおりです。
見かけにだまされないように
この一行は、「第1章 青豆」の見出しです。
「見かけ」とは何の見かけのことなのでしょうか。
「だまされないように」とありますが、誰が誰をだますのでしょうか。
章のタイトルにつけられている「青豆」も気になります。
しかし、初日はここで終わります。
「見かけにだまされないように」を読み終わったら、本を閉じてください。
「青豆」の正体は7日目にわかる
「青豆」の正体は、7行目に書かれてあります。
つまり、一行読書を初めて7日目でようやく、「青豆とはなんなのか」がわかります。
7行目にはこう書かれてあります。
青豆(あおまめ)は後部席のシートに深くもたれ、軽く目をつむって音楽を聴いていた。
6行目以前に、タクシーのシーンが描かれているので、ここでようやく、青豆が人物の名前であり、タクシーに乗ってどこかに向かっていることがわかります。
この一行には、その他の情報も含まれています。
- 青豆はタクシーの客である(後部席にいるので、ドライバーではないから)
- タクシーには音楽が流れている
- シートに深くもたれているから、疲れているのだろうか
- 目をつむっているが、眠っているわけではない
- 「聞いていた」ではなく「聴いていた」と書かれてあるので、青豆はタクシーに流れる音楽を好んでいる
多くのことがわかりましたが、それでもまだ情報不足です。
読者はこの時点では「青豆は本名なのか、あだ名なのか」「男性なのか女性なのか」「年齢は何歳ぐらいなのか」「タクシーに乗ってどこに向かおうとしているのか」といったことはまったくわかりません。
一行読書の仕方
一行読書を、一行読んで終わりにしてしまっては、2秒くらいで終わってしまいます。
特に村上さんの文章は一行が短いので、日によっては(一行によっては)、1秒かからず終わってしまいます。
それでは一行読書になりません。
一行読書では、一行のなかから1個でも多く情報を引き出しましょう。
「1Q84 BOOK1 〈4月~6月〉」の他の一行から、情報を引き出してみましょう。
例えば次の一行には、どのような情報が含まれているでしょうか。
父方の祖父は福島県の出身で、その山の中の小さな町だか村だかには、青豆という姓をもった人々が実際に何人かいるということだった。
この行の前に、青豆が女性であることが書かれてあります。
そして、この一行から「青豆」が本名であることがわかります。
その他、次のことがわかります。
- 青豆の祖父は福島県出身
- 青豆の祖父は過疎地の出身
- その過疎地では青豆という姓はそれほど珍しくない
わかることはこれくらいですが、「わからないこと」はたくさんあります。
一行読書では、わからないことは、わかることと同じくらい重要です。
疑問を持ってみよう
もう一度、先ほどの一行を読み、わからないことを探してください。
父方の祖父は福島県の出身で、その山の中の小さな町だか村だかには、青豆という姓をもった人々が実際に何人かいるということだった。
次のような疑問点がわいてくると思います。
- なぜわざわざ「父方の」とことわっているのだろうか
- 「山」とは、福島県の何山なのだろうか
- なぜ「町だか村だか」とにごしているのだろうか
- なぜ著者(村上さん)は、主人公の名前に珍しい姓をつけたのだろうか
- なぜ「ということだった」という伝聞表現になっているのか(誰が推量しているのか)
小説家は、極力無駄な文章を書かないでおこうと考えます。
そして小説の場合、何気ない文章が伏線になっていることが少なくありません。
つまり、わからないことこそ、著者が言いたいことなのかもしれません。
ストーリーが進むと、「福島」「父方」「山」「珍しい姓」が意味を持ってくるかもしれません。
1字をしゃぶり尽くす
一行読書では、ケンタッキーフライドチキンの鶏肉を骨ごと口のなかに入れるように、短い文章をじっくりしゃぶり尽くしてください。
単語ひとつ、語尾ひとつの意味を想像してみてください。
そうすることで、一行読書が楽しくなりますし、「新しい読み方」ができるようになります。
一行の威力
「言霊(ことだま)」という言葉があります。
これは、言葉には魂が宿っているので、その文字が伝える以上の意味や感情を伝えることができる、という意味です。
しかし、すべての言葉に言霊が含まれているわけではありません。
魂を持たせるには、言葉を発する人が、深い意味や想いを言葉に込めなければなりません。
また、何気なく発した言葉に偶然、言霊が含まれることがありますが、読み手が鈍感だとそれに気がつきません。
そして、長い文章を使えば、内容を正しく伝えられるかというと、必ずしもそうではありません。
あえて言葉数を少なくして文章を短くしたほうが、多くのことを伝えられることもあります。
そのため、深い意味を持つ一行が、とてつもない威力を発揮することがあります。
「ワタシの一行大賞」とは
これも新潮社なのですが、「中高生のためのワタシの一行大賞」というイベントがあります。
新潮社が指定する図書のなかから、深く心に残った一行を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400字で書いて、新潮社に送ります。
そのなかから新潮社が、大賞などの賞を選びます。
第5回の大賞は、高校生が選んだ次の一行でした。
私の鼓動が停(とま)った時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出来るなら満足です。
この一行は、夏目漱石の「こころ」のものです。
「こころ」は、主人公が親友を裏切り、裏切られた親友が自殺して、裏切った主人公が自殺を決意する話です。
この一行は、親友を裏切った主人公が書いた遺書のなかの一文です。
主人公はその遺書を、自分のことを慕う青年に宛てて書きました。
青年は以前、主人公に、主人公の過去についてしつこく尋ねたことがありました。
主人公はそのとき、青年が、主人公の心臓を割って、流れる血をすすろうとしている、と思いました。
しかしそのときは、主人公は青年に、自分の過去について知らせませんでした。
ところが主人公は今、死ぬことを決め、遺書を書き、そのなかで自分の過去を明かしました。
「私の鼓動が停った時」というのは、主人公の自殺が成功して死んだとき、という意味です。
「あなたの胸に新しい命が宿る」というのは、他人の壮絶な過去が、若者の生きる知恵になる、という意味です。
「満足です」というのは、主人公が、青年が自分の過去から教訓を得られるのなら、隠しておきたかった過去をさらしても満足できる、という意味です。
大賞を受賞した高校生は、この強烈な意味をもつ一行を選んだ理由を次のように語っています。
「先生」が語る昔の人々の考え方を血、つまり言葉という形で「私」に浴びせ、「私」が心臓、つまり語り手として、新たな考え方を新たな血として、読者の心に送り込んでいる。
「先生」とは主人公のことで、親友を裏切り、遺書を書いた人です。
「私」は先生を慕う青年のことです。
岩手大学図書館の「一行図書館」
岩手大学の図書館は、公式サイトで「一行図書館」を公開しています。
本の中の一行を紹介して、学生たちに読書を促しています。
つまり、図書館司書が、その本の本質をズバリと表現している「珠玉の一行」を選んでいるわけです。
その一部を紹介します。
なんでみんな、そんな思いをしてまで「雇われる」ことに必死になるんだろう | 家入一真著 「15歳から、社長になれる。 : ぼくらの時代の起業入門」 |
わからないところで断念するのではなくて、飛ばして先に進む勇気があるかないか、それが読書の境目。 | 芦田宏直著 「努力する人間になってはいけない」 |
一度くらい夢に出てきてほしいです。 | 「生きた証:東日本大震災犠牲者回顧録」 |
学校の先生を内心バカにしないやうな生徒にろくな生徒はない。 | 「三島由紀夫全集 29巻」 「不道徳教育講座」 |
世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。 | 村田沙耶香著 「コンビニ人間」 |
読みたくなりますよね。
一行にはこれだけの力がこもっているわけです。
まとめ~特異なことに取り組む価値
1日に、本の一行しか読まない読書法はとても特異です。
とても正統派とはいえません。
しかし、それでもなお、まったく読書をしないよりは「まし」です。
1日一行なら本を開いてもよい、と思えたのであれば、ぜひ取り組んでみてください。
一行読書を通じて、ぜひ「普通の」読書習慣を身につけてください。
文部科学省(調査は静岡大学が実施)によると、次のことがわかっています(※)。
学力アップには読書は有効なので、学力を上げたいけど読書が嫌いな人は、一行読書から始めてみてはいかがでしょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。