教育界ではいま新しい学び方である「探究学習」に注目が集まっています。
改訂された新学習指導要領に盛り込まれた探究学習とはどのようなものなのでしょうか?
自ら学ぶ力を培う総合的な学習である探究学習について解説します。
新たに始まった探究学習
2020年代に入り、新しい学習指導要領に「探究学習」が盛り込まれました。
学習指導要領とは文部科学省が定める学習の指導方針で、社会の変化にあわせて10年に1度改定されています。
小学校・中学校・高校では、それぞれ以下のように順次改定されています。
小学校:2020年度~
中学校:2021年度~
高等学校:2022年度~
「探究学習」は2022年春現在、小・中学校ですでに「総合的な学習の時間」の一環として行われています。
新しい学習指導要領には他に英語やプログラミング、道徳も盛り込まれており、探究学習はプログラミング学習との相乗効果も期待されています。
そして、高等学校では「探究学習」は新しい科目になり、2022年度から「総合的な探究の時間」を通じて追加されます。
具体的な科目としては、「古典探究」「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」「理数探究基礎」「理数探究」などがあり、思考力・表現力・行動力を身につけることを目指しています。
また、「理数教育」にも「観察・実験などにより科学的に探究する学習活動」と記載があります。
探究学習とアクティブラーニングの関係
最近の教育の変化には、アクティブラーニングもあります。
新しい指導要領には、アクティブラーニングを意味する「主体的な学び」という項目も盛り込まれました。
探究学習との関係はどうなっているのでしょうか?
図解によると、探究学習は「課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現」のサイクルに従い、らせん状に上昇していくものとされます。
これは、ひとつのプロジェクトをこなしたのち、より深く難しいプロジェクトに立ち向かっていくことを表します。
「大学で行われるゼミナール活動や研究活動」のイメージに近く、探究学習の実際の過程では、グループワークやフィールドワーク、まとめ・発表のプロセスが含まれます。
このように、探究学習は主体的な要素を多く含むことから、「アクティブラーニングの一種」として位置づけられています。
探究学習を行うわけ~予測困難な社会に向けて~
では、どうして探究学習が新たに必要とされているのでしょうか?
学習指導要領の目標は「予測しがたい社会の変化に対し、どのような状況でも子どもが自ら考え判断して行動できる」ことです。
アメリカの同時多発テロやイラク戦争で始まった21世紀は、まさに予測しがたい時代です。
現代社会は国際紛争のほか、食糧不足・格差・環境汚染・地球温暖化など、さまざまな難題に直面しています。
2020年には新型コロナウイルスの感染拡大が突如として世界中を覆い、これまでに4億人以上が感染し、500万人以上が犠牲になりました。
その結果、各国の政治は混乱をきたし、経済低迷や教育の後退が起こり、オリンピックをはじめとする多くの国際イベントも中止や延期に追い込まれました。
さらに2022年、ロシアがウクライナに侵攻する事態が起こり、大戦勃発の危機から世界中はまたもや大パニックに陥っています。
予測不能な感染症や国家間の紛争に揺り動かされる不安定な時代。
加えて、災害大国である日本では地震・津波・火山噴火・台風による洪水など、自然の災厄も予測がたいへん困難です。
探究学習とこれまでの学習法の違い
こうした複雑な事象の原因究明や問題解決はいずれも容易ではなく、どの課題も人類のさらなる探究が待ち望まれるものばかりです。
複雑化する社会においてますます必要性が高まっている探究学習ですが、従来の学習方法とどのように違うのでしょうか?
予め答えや解き方が分かっている知識を学ぶのが従来型学習です。
それとは異なり、答えや解き方、ときには問題や課題そのものを見つけ出し、未知の答えを導くことが探究学習です。
激変する時代においては、答えのわからない問いに対応したり、そもそも問い自体が何なのかを自分で見出す必要があります。
実社会でそのような状況に出くわす前に、できるだけ実地に近い訓練を行うことが探究学習のねらいです。
実はこれまでの学習指導要領でも「総合的な学習の時間」というものがありました。
教科の垣根を超えて、より実践的な課題に対応するための学びを育む授業です。
探究学習ではこの試みをより深め、地域活動や自然活動、社会貢献などを通して自ら課題を見つけ、解決策を探していくことがポイントになります。
探究とはフロンティアの開拓
ところで、「探究」とはそもそも何でしょうか?
探究とは、好奇心の赴くままに自然現象など、未知の対象を調べることです。
天文学・物理学・化学・生物学などの自然科学分野、哲学・文学・法学などの人文科学分野、絵画・音楽・彫刻などの芸術分野、その他さまざまな複合領域を含め、探究の対象は多岐にわたります。
未知への探究となると、わかりやすいのは人類最後のフロンティアと言われる宇宙です。
21世紀は「宇宙時代の幕開け」と言われて20年が経ちました。
かつてNASAやJAXAなど公的機関に限られていたロケット開発や打ち上げを近年は民間企業が行うようになり、再利用可能なロケットも開発されました。
2021年は起業家など民間人による宇宙飛行も相次ぎ、もはや宇宙飛行士の特権ではなくなりました。
ハッブル宇宙望遠鏡以来となる新型の宇宙望遠鏡も打ち上げられ、数年後には月や火星への有人飛行も計画されています。
さらに、多数の衛星で地球表面を高精度に観測し、得られたデータを連携活用してAIで解析するという壮大な計画もあります。
日本でも「はやぶさ」が一時ブームになりましたが、小惑星探査によって宇宙の起源を知ろうとする試みはまさに探究であり、宇宙は探究の宝庫といえます。
ノーベル賞は探究の賜物
ノーベル賞に輝くような優れた研究も探究活動の最たるものです。
2021年の物理学賞を受賞した真鍋淑郎博士は地球温暖化を初めて示しました。
温暖化という概念がまだなかった頃、当時開発されたばかりの大型スーパーコンピューターを駆使して、好奇心の赴くままに大気中の温度のモデルをシミュレーションしたところ、二酸化炭素濃度の増加によって温度が上昇することを突き止めました。
それから数十年の時を経て、地球温暖化の防止は持続可能な開発目標(SDGs)として世界で共有されています。
当初、温暖化の重要性は今ほど理解されていませんでしたが、大規模な気候変動や化石燃料・エネルギーの問題が取り沙汰されるにつれ、次第に認知されていったのです。
このように、個人の好奇心によって駆動される真の探究はそのときどきの流行に左右されないため、時代に大きく先駆けることができるのです。
また、輝かしく重要な探究は人類を直接的に救うことにもつながります。
最近のノーベル賞級の研究といえばやはり、新型コロナウイルスのmRNAワクチンを開発したドイツのカタリン・カリコ博士の研究を置いて他にありません。
ハンガリー出身の女性研究者であるカリコ博士は長年にわたる苦労の末、ワクチン開発の常識を覆す大発見を成し遂げました。
現在、世界中がその恩恵に与っていることは言うまでもありません。
人文科学の優れた探究
これらの例からわかるように、本物の優れた探究はそもそも発見すべき対象が何なのか、どこにあるのか、ときに出発点やゴールすら全くわからないものです。
ところで、探究というと自然科学を思い浮かべがちですが、社会科学や歴史学も立派な探究対象になります。
たとえば、格差の問題は資本主義の是非を問う恰好のテーマです。
ところが、”資本主義vs社会主義”はイデオロギーの対立から水掛け論になりがちです。
この問題を客観的な視点から探究したのが、2014年のベストセラー『21世紀の資本』を著したフランスの経済学者トマ・ピケティの経済史研究です。
ピケティは現代から古代まで遡るデータに基づいた緻密な分析によって、資本主義の歪みをシンプルな理論式で訴えました。
また、2016年のベストセラー『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリは膨大な歴史学の傍証に基づき、「虚構を信じる力が人類の文明を進化させた」という俯瞰的な仮説を立てたうえで、人類の過去と未来を独自の目線で論じています。
このように、客観的に検証可能なデータやエビデンスを積み上げることで、深遠にみえる人文学をも探究することができます。
探究は本来面白いもの
探究は必ずしも挙げたような実験室での研究や、文献研究に限りません。
作家や芸術家など表現の道もあれば、将棋・囲碁・伝統芸能など、第一線で活躍する著名人はみなその道の探究者といえます。
人類にとって価値あるものを深掘りすれば、それはすなわち探究となるのです。
以上のように、探究の本質は「興味・関心のある対象を深く掘り下げて調べること」であり、行き着く先は「それまで誰も気づかなかった現象や仕組み、理論や公式などを発見すること」です。
そこには答えどころか問いすらなく、いっけんとてもハードルが高そうに思えます。
ですが、探究はそもそもその人だけのものであり、気難しく構える必要はありません。
探究は本来面白く、好奇心に突き動かされるものです。
探究の果てに見つかるのは、映画『2001年宇宙の旅』のモノリスや『インディ・ジョーンズ』の聖杯、ロールプレイングゲームの秘宝のようにワクワクするもので、そこには何かしら深遠な事実が含まれるからです。
探究学習で打ち込める対象を見つける
子どもはじっと座っているよりも、得てして探検や冒険が大好きなものです。
たとえば自然観察であれば、近所の公園から手軽に始められるものでよく、その自由さこそが探究の醍醐味です。
進化論で有名なイギリスのチャールズ・ダーウィンは、進化論の研究と並行して、近所でミミズを長年観察していたという話もあります。
学校で探究学習を行うとなると、「みんなでこれを探究しましょう」と過去の探究例を学んだり、集団で議論したりするイメージがありますが、必ずしも固定観念や前例に縛られる必要はありません。
肝心なことは「各生徒にとって意義のある課題」を解決する資質・能力を育成することです。
どのような形であれ、最終的に個人個人が強く興味を持って打ち込める対象が見つかればそれでよいのです。
勉強する意味に気づかせる探究学習
では、探究学習は従来の知識重視の学習とどんな関係にあるのでしょうか?
必ずしも対立せず、従来の学び方と相互依存の関係にあるといえます。
従来の学習は問いの答えや解法を学ぶのに対し、探究学習はその問いを見つけるからです。
そもそも、人は何のために勉強するのでしょうか?
希望の学校に入るため、希望の分野に進むため、仕事のため、自分のため、家族のため、後悔しないため…
どれも間違いとはいえませんが、勉強(従来型の学習)は本質的には自分が探究するための基礎知識をつける準備だといえます。
どのような分野であれ、過去の探究の成果を学び、未来に必要な探究の糧とするわけです。
受け身になりがちな子どもにとって、学習する本来の意味はなかなか自覚しづらいかもしれません。
探究は未知なるものへの知的好奇心を育み、体験を通じて体系的な知識への関心を高めます。
したがって、探究学習は子どもたちに学ぶことの本来の意味に気づきを与え、学習への真剣度を上げるという意味でもとても有意義だといえます。
求められる教師の技量
探究学習の好例といえば、小・中学校で夏休みに課される自由研究です。
ただ、「自由と言われても、何を研究すればよいのかわからない…」と思ったことのある方も案外多いのではないでしょうか。
自由というのは知識や経験の少ない子どもにとって、実はレベルの高い要求です。
とりわけ日本の学校では一方通行型の授業が行われてきたため、自分で考えることが苦手です。
探究学習は自由研究を授業中にやるようなもので、実際には難しい面もあります。
興味の対象は生徒によって本来バラバラであり、興味の押しつけになってしまうと、かえって好奇心をつぶしかねません。
そのため、「教師から生徒への適切な関わりかけ=ファシリテーション」が探究学習の現場では大事な要素になります。
探究学習は子どもだけでなく、教師側にも高度な舵取りが求められているのです。
探究学習の事例(国内)
では、探究学習は実際にどのように行われているのでしょうか?
国内の事例をご紹介します。
同志社国際学院 初等部
京都府木津川市に所在する同志社国際学院初等部では、探究学習の授業が行われています。
全学年で週7~8時間設定され、毎日たっぷりと行う「探究」の学習がカリキュラムの中心です。
逆に、一般の小学校に設置されている「生活」「社会」「理科」「総合的な学習」は時間割にありません。
教科書から知識を得るのではなく、自然・社会体験などさまざまな活動を通して、興味や関心、意欲を高めながら教科内容を学んでいます。
宮城県立飯野高校
宮城県えびの市の飯野高校では「地域探究」の一環として、5人グループで地域のために何ができるのかを話し合い、地元の温泉郷の活性化プロジェクトに取り組みます。
この活動をきっかけに地域活動に興味を持ち、台湾へ短期留学し、地域の魅力をアピールできる方法をさらに模索するため地域活性化の知見のある大学へ進学した卒業生もいます。
探究学校の事例(海外)
また、探究学習は海外では早くから取り入れられています。
海外の事例をご紹介します。
イギリス「トーマス・ディーコン・アカデミー」
小学生から高校生までが通う私立一貫校です。
異なる学年が混ざったグループに分かれて、学内で変化を起こしたいと思うさまざまな課題について議論する探究活動を行っています。
また、グループでまとめたことを担当の先生に報告したうえで、さらなる学習と議論が必要な問題とすぐに取り組める問題に分け、問題解決へ向けて行動します。
インドネシア「グリーンスクール」
インドネシア・バリ島にある私立一貫校で、その名の通り熱帯林のなかにあります。
竹の校舎から「エコな学校」として広く知られ、幼稚園から高校生までが学びます。
高校生は「グリーンストーン」という卒業プロジェクトで自身の情熱や関心や問題意識に基づいたプロジェクトを設計・実行し、成果をTEDスタイルで発表します。
探究学習の実情
このように特定の学校では優れた探究学習が行われているのですが、実態はどうなのでしょうか?
2019年に中学校教員を対象に「総合的な学習の時間」で取り上げたことのあるテーマについてアンケートが行われました。
最多となったのは「進路・キャリア」で、次いで「福祉」「国際理解」「伝統文化」でした。
いずれも自分自身や歴史・社会に関する内容であり、幅広い分野が対象となる「探究」とは多少ずれている感じは否めません。
探究学習を指導する多くは”探究のスペシャリスト”ではなく、あくまで現役の教師です。
教師本人に必ずしも探究経験があるとは限らないため、テーマが身近な範囲にとどまっているのが実情です。
探究学習は近年始まったばかりの取り組みであるため、過度に期待せず、温かい目で見守る必要があるでしょう。
デジタル教育との相性
近年、小中学校でも”GIGAスクール構想”に基づき、プログラミング学習などデジタル教育を取り入れ始めています。
2025年からは大学入学共通テストで「情報」の科目も加わる見込みです。
探究学習はこうしたプログラミング学習と相性が良いと言われています。
自発的に物事を調べ、プロセスを自分で決定するプログラミングは探究学習そのものであり、実験やフィールドワークと組み合わせることで、相乗効果も期待できます。
また、コロナ禍で浸透したオンラインの学習形態も探究学習と相性が良いものです。
探究となる対象は必ずしも多くの人が興味のあるようなテーマばかりでなく、自分のクラスや学校には誰も仲間がいないようなテーマを選ぶ場合もあります。
取り組む人が少なく、見向きもされないようなマイナーな対象にこそ探究の価値があり、未知の発見が眠っているものです。
仲間が得難く孤独な活動になりがちですが、オンラインには世界を広げる利点があります。
同じ志をもった探究仲間がきっと見つかることでしょう。
まとめ
小・中・高校で取り組みが始まろうとしている探究学習。
予測不能な現代社会において、未知の発見をいざなう「探究」の仕方を実践し、自ら学ぶ総合力を培うことから、次代の人材育成に不可欠とされます。
探究学習は従来の知識重視型学習といっけん相反するようにみえて、その長所を包括し、主体的な学びを促進するものです。
アクティブラーニングやプログラミング学習など、新たな学習法との相乗効果も期待されます。
情報技術をはじめとするテクノロジーの進展に伴って、人類の知は増加の一途にあり、未開のフロンティアは拡大していてまさに探究の宝庫です。
始まったばかりで模索段階にある探究学習ですが、来たる探究の時代に備えて、国内外の成功事例に学び、日頃の学習に取り入れてみましょう。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。