日本では少し前に「ゆとり教育」を掲げ、子供たちの生きる力の育成を目標としていた時期がありましたが、その時期に子供たちの学力低下が問題になり、廃止されて以降はむしろ学習のボリュームが増加しています。
こうした日本の教育界の歩みは、海外に比べて相対的に遅れているのではないかと考える方も多いのではないでしょうか。
そこで今回のコラムでは、現代社会において今後ますます求められるITスキルや英語力などの向上のために何をすれば良いのか、今の日本は世界でどの程度の水準の学力を持っているのか、また、海外の教育は現在どのようになっているのかについても触れてみたいと思います。
海外の教育と日本の教育の違いについて
「教育」という言葉を英語に翻訳すると“education”です。
この言葉にはもともと、「導く」という意味があるように、「生徒一人ひとりの可能性を引き出す、個性を伸ばす」というニュアンスが多く含まれています。
海外では、一人の先生が多くの生徒に「教え」たり、「みんな同じ」教育を目指しているのではなく、生徒それぞれの能力に合わせて教育を行なうのが一般的なようです。
日本では、できないことをできるようにすることの方に重点が置かれがちです。
できないことを少しでも減らして、一定の水準までに持っていくことは大切なことかもしれません。
しかしこのような方針のもとでは、生徒たちはできないことばかりに目が行きがちになってしまうのではないかという点が、人によって意見の賛否が分かれるところです。
一方多くの他の国では、生徒一人一人の能力や、才能を伸ばすことに重点を置いて、教育が行われているようです。
先生や親は、生徒のできないことに目を向けるのではなく、良いところをたくさん褒めます。
そうすることで、生徒は自分が今できていることに目を向けられるようになり、自己肯定感が向上するのです。
また、日本ではまだまだ暗記型、知識詰め込み型の教育が主流ですが、海外では考えて答えを導き出すことを重視した教育を行っているようです。
そのため暗記力が問われるテストはほとんどありません。
学校からの宿題では、自分で調べたり考えたりしなければならないものが多くあります。
決まった解答が一つだけあるものというよりは、いくつもの答えがあるような問題が出されることが多いようです。
こうしたことは、生徒自身の学習に対する自主性や主体性を尊重し、探究心を育むことを重要視している表れともいえるのではないでしょうか。
そして、海外の教育制度で日本と大きく異なる点としては、義務教育中であっても留年があるという点です。
日本では、義務教育中にどれほど成績が悪くても留年するということはなく、飛び級もありません。
義務教育中の同じ年齢の生徒は、例外なく同じ学年となっています。
海外の学校では日本の教育のように、できないことについて強く批判されたり、指摘されて直すように強制されることは滅多にありません。
けれども、生徒の学力が進級できるレベルに達していないと判断されれば、進級することはできません。
その一方、成績が優秀であれば、飛び級をすることも認められています。
同じ年齢の生徒を同じようなレベルに教育することを目的としているというよりも、生徒それぞれの個人の能力に応じて、ふさわしい学年に配置するというのが、海外の学校では一般的な考え方のようです。
現在の日本の教育レベルを世界からみると
世界の教育ランキングという話題のなかでよく耳にするのは、OECDという機関ではないでしょうか。
OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)は経済協力開発機構の略で、本部はフランスのパリです。
OECDは、先進加盟国の間での自由な意見交換や情報交換を通じ、経済成長、貿易自由化、途上国支援に貢献することを活動目的としています。
OECDは現在次の36か国が加盟しています。
ドイツ
フランス
イタリア
オランダ
ベルギー
ルクセンブルク
フィンランド
スウェーデン
オーストリア
デンマーク
スペイン
ギリシャ
アイルランド
チェコ
ハンガリー
ポーランド
スロヴァキア
エストニア
スロベニア
ラトビア
リトアニア
日本
カナダ
メキシコ
オーストラリア
ニュージーランド
スイス
ノルウェー
アイスランド
トルコ
韓国
チリ
イスラエル
OECDで行われている調査の中で、「より良い暮らし指標(Better Life Index)」というものがあります。
これは、国ごとの社会の状況をわかりやすく提示するための、最新の取り組みです。
この「より良い暮らし指標」では、住宅・収入・雇用・共同体・教育・環境・ガバナンス・医療・生活の満足度・安全・ワークライフバランスといった、人々の暮らしの11分野について国ごとに比較しています。
そしてこのOECDの調査の中では、各国の子供たちの学習到達度を調査するものがあり、PISA(Programme for International Assessment)と呼ばれています。
日本では2000年より導入され、それ以降3年ごとに調査に参加しています。
現在日本では、PISA調査は高校1年生(15歳児)を対象として行われています。
PISAの調査は
- 読解力
- 数学的リテラシー
- 科学的リテラシー
この三分野について、その習熟度を調査していますが、実施年ごとに、三つの中から一つ中心分野が設定され、その分野を特に重点的に調査します。
ちなみに、2018年のPISAではこれらの三分野に関する学習到達度調査の以外に、グローバル・コンピテンス調査が導入されました。
グローバル・コンピテンスは、国際的な課題への理解や、文化的価値観や態度を評価するものですが、この調査について日本は2018年の参加を見送っています。
PISAの調査では、学校で習得する基本的な知識も問われますが、それに加えて、それらをどのように自分たちの生活に活かすことができるか、といった、発展的な内容も出題されることが特徴です。
暗記するだけの知識をテストするのではなく、思考力や応用力が問われる自由記述問題が比較的多く出題されることが、普段のテストと大きく異なる点と言えます。
通常の学力試験や学習ドリルの問題形式とは異なるので、戸惑う生徒も多いかもしれません。
PISAが日本の教育に及ぼす影響
この国際的な試験であるPISAの結果が、日本の教育にどのような影響を与えているのか見ていきましょう。
日本の生徒たちが、PISAの調査に参加してから2回目、2003年の調査ではなんと、日本の国際的順位が大きく下落してしまう結果となってしまいました。
この2003年の国際的順位の急落は、「PISAショック」とも呼ばれ、当時大きな話題となりました。
2000年の調査では数学的リテラシー1位、科学的リテラシー2位、読解力8位とトップクラスだったのに対し、2003年の調査では、数学的リテラシー6位、読解力14位と急落してしまったのです。
なぜこのような結果になってしまったのか、様々な意見が交わされました。
その中で指摘された一つには、日本の生徒たちは、自由記述問題に回答しない生徒が非常に多かったという事実がありました。
この無回答率の高さが、順位下落の一因ではないかと分析されています。
この調査結果は、日本の教育界に大きなショック与え、それまでの教育のありかたについても大きな波紋を投げかけました。
これを機に、それまでの「ゆとり教育」から「脱ゆとり教育」へ、国の施策も大きく方向転換せざるを得なくなります。
これ以降、授業時間や教わる内容が大きく増加し、全国学力テストの実施を復活させることにつながりました。
文科省ではPISAの結果を受け、日本の生徒達には読解力に課題があるとのことで、PISA型「読解力」の育成が推進されるようになりました。
それを受け2005年には、読解力向上プログラムがはじまります。
これは書かれたテキストをただ読むだけではなく、理解・利用・熟考する能力の育成を目標としていました。
さらに2008年の学習指導要領改訂では、2006年の結果を受けて、PISAの枠組みに基づき、思考力・判断力・表現力等の育成、が盛り込まれることになりました。
このように過去の国の教育施策には、PISAの結果が大きな影響を与えているといえます。
脱ゆとり教育の結果
「脱ゆとり教育」となってからはどんな結果になっているのでしょうか。
直近の2018年調査結果は、2019年12月に発表されました。
全参加国・地域の中での順位は、数学的リテラシーが6位(日本平均527点/OECD平均489点)、科学的リテラシーは5位(日本平均529点/OECD平均489点)でした。
これらは前回の調査と比較すると順位は落ちてこそいますが、OECD平均を大きく上回る結果となっています。
また2018年調査では、読解力が中心分野に設定されました。
この読解力の試験では、日本のスコアは504点で、OECD平均得点の487点を大きく上回った点数を獲得しているのですが、順位は全参加国・地域の中で15位という結果でした。
2015年調査では8位だったので、前回と比べて大きく順位が下がってしまう結果となってしまっています。
この結果に関して、文科省の国立教育政策研究所では様々な分析がなされました。
一つには、自分の考えを他者に伝える能力に課題があるのではないかと考察しています。
もう一つは、新しい試験形式に不慣れだったのではないかという可能性についても指摘されています。
2015年調査からPISAではコンピュータを導入した調査になりました。
この形式では、大問ごとに解答をする必要があり、次の問題に進むと前の問題に戻ることができない設計となっています。
冊子形式の試験では設問を先に把握したり、解答後に見直しをすることができますが、そのようなことができない仕組みになっていることも要因ではないかと分析されています。
一番新しい2018年PISA調査結果では、日本の生徒たちの学力レベルは、数学的リテラシー、科学的リテラシーは前回よりも順位を下げたものの、まだトップクラスを維持しています。
しかしながら読解力については2003年のPISAショック以下という結果となってしまいました。
このときのPISAの調査では、別の新たな課題が浮き彫りになしました。
それは授業でのICT機器の活用について、日本はOECD加盟国で最下位の利用率であることが判明したのでした。
今後必要となる学力を測る指標として2021年からは、論理的な考え方や問題解決能力を重視する「コンピューテーショナル・シンキング」に関する問題が、数学的リテラシーを問うテストに、新たに追加される予定となっています。
コンピュータサイエンス分野に関して学力を測る国際的な調査としては、この2021年PISA調査が初となるのではないか、とも見込まれています。
このような動きからもわかるように、プログラミングといったコンピュータサイエンス分野の学力が、今後、国際的にもさらに重視される可能性があるといえるでしょう。
2020年から実施された新学習指導要領では、単なる知識習得の学習ではなく、主体的・対話的・深い学びを実現するために、アクティブ・ラーニングの観点が取り入れられています。
PISAで重視するような知識の活用が、このアクティブ・ラーニングでは求められています。
これまでを振り返ってみると、国が日本の学校教育の指針を決定する際に、このPISA調査の結果が大きく影響しているといっても過言ではありません。
今後の日本の教育施策を決定するのに際して、三年に一度行われるPISAの調査結果は、無くてはならないものとなっているようです。
PISAのような国際的な学力調査は他にもあります。
TIMSS(Third International Mathematics and Science)という調査は、日本語にすると「国際数学・理科教育調査」のことで、算数・数学と理科の理解度を国際的な調査で測定する試験です。
日本では、小学校4年生と中学校2年生を対象に実施しています。
この試験は、IEA(国際教育到達度評価学会)が1964年から実施している調査で、1995年からは4年ごとに実施されています。
ここでは算数・数学、理科の試験に加え、児童・生徒・教師・学校それぞれに、別でアンケート調査も実施しています。
PIRLS(Progress in International Reading Literacy Study)は、「国際読書力調査」のことで、こちらも国際教育到達度評価学会(IEA)が行っています。
PISA上位の国で行われている教育は
PISA導入後の日本の教育の変遷について、これまで見てきましたが、海外の他の国についてはどうでしょうか。
次は、PISA調査で高成績の国の教育の特徴について紹介したいと思います。
中国(北京・上海・江蘇・浙江)
中国(北京・上海・江蘇・浙江)は、2009年、2012年、2018年PISA調査において1位を獲得しています。
特に2018年の調査では、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの三分野すべてにおいて中国がトップを独占しました。
こうした結果を受けて近年中国の教育制度への関心が高まっています。
日本に比べて中国では、受験戦争がさらに過酷であることが特徴です。
この過酷さの原因は、古来よりある科挙制度文化を上げる人もいますが、1980年に一人っ子政策が取り入れられたことにより、それ以後の家庭では、たった一人の子供に対して教育投資を集中させたことが原因の一つとして考えられています。
日本で言うところの大学入試共通試験にあたる「普通高等学校招生全国統一考試」が毎年6月に実施されるのですが、その受験戦争の過酷さゆえに、中国の学生は6月のことを「黒色六月(暗黒の6月)」と呼ぶのだそうです。
このような高い教育熱も教育水準の上昇に寄与しているということは間違いありませんが、高い教育水準は全国一律というわけでもなく、まだまだ都市部と農村部の教育格差が激しいのが事実です。
近年、広い国土による地理的な格差を埋めるため、多くの人口をカバーするために、ITを活用した教育サービスを提供する数多くのユニコーン企業が出現しました。
教育産業へのテクノロジーの活用が進んだことも、高い成績の一因として考えられています。
フィンランド
フィンランドは、2000年PSA調査開始以来、複数の分野で高い順位を獲得しており、世界一の教育として注目されています。
フィンランドの子どもたちは幼い頃から、主体的に学び、考える環境のなかで育っているということが、岩竹美加子氏の著書『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』のなかで述べられています。
主体的に考えさせる教育だけでなく、学費が無料であること、学校の教員になるためには修士レベルの高い資質が必要で、それぞれの教員の裁量が多いことといった点が日本とは異なります。
しかしフィンランドの直近のPISAの調査を見ると、一時ほどの存在感はなくなってきているようです。
中国やアジアといった他の国々や、むしろ日本のほうがフィンランドの成績を上回っている分野もあるほどです。
しかし別の指標、国連による2019年「世界幸福度ランキング」に目を向けてみると、フィンランドは2年連続で1位を獲得しているのに対し、日本の幸福度は58位という結果になっています。
教育制度と幸福度の相関性について、これからの未来を考える上では、一考すべき点かもしれません。
シンガポール
シンガポールもPISAやTIMSSなどで高成績を修めています。
シンガポールの教育の特徴は、ストリーミング制というものがあります。
これは、能力主義を優先して能力ごとにコースを振り分けるというものです。
個々の能力に合わせて学ぶことができ、適切な学習課題が設定されるため、学びのモチベーションを保つことができるというメリットがあります。
しかしその反面、下位クラスの生徒たちは、高い教育を受けられず、その結果、将来の選択肢が狭まり、潜在的に優秀な人材を育成しにくい点が問題視されてきました。
これを受けて、初等教育でのストリーミング制はすでに廃止され、同じように中等教育でも今後廃止されるだろうと考えられています。
またシンガポールでは、バイリンガル教育がされていることも特徴的です。
シンガポールはもともと多民族国家であったことから、共通語を必要としていたこともあり、英語を共通言語として、英語と母語を学ぶ二言語政策が実施されるようになりました。
その他にもシンガポールでは、ITを利用した教育の実践も行っています。
2008年から実験的に学校を選定しICT環境を整備し、教授法や教育内容についての変革を行っています。
エストニア
PISAのランキング上位国に珍しい国の名前があるのに気が付いたでしょうか。
実はエストニアは、世界最先端の電子国家と呼ばれ、ヨーロッパでの学力ランキングは、第一位です。
エストニアでの教育の取り組みで特徴なのは、何といってもIT化の推進を世界に先駆けて過去に行ってきたことがあげられます。
生徒や教師、親をオンラインでつなげるプラットフォームや、オンライン学習など、まさに日本にとっては未来の教育が、もうすでにここエストニアでは実践されています。
国の未来に向けた明確なビジョン、世界の中の電子大国を目指すという意志が、未来を担う子供たちへの教育からはっきりと読み取ることができます。
アメリカ
アメリカの教育制度は各州の裁量によって決められているため、全国で統一された制度ではありませんが、日本と異なる制度として注目すべきは、ホームスクーリングが普及していることです。
またITの発展に伴い、「テクノロジーが可能にする学習経験の変化をすべての人が享受できる」ことを実現するためのPersonalized Learning(個別化された学習)を取り入れることにしました。
EdTechの活用や学習形態の変化によって教育の内容が変わりつつあります。
またアメリカでは質の高い大学教育が注目すべき点です。
「THE(TIMES Higher Education)」によれば、2020年の世界大学ランキングトップ10の中には実にアメリカの7大学がランクインしています。
日本の教育ついて今後の課題とは?
海外のさまざまな教育についてここまで紹介しましたが、これからの日本は、どのような教育を目指すべきなのでしょうか。
フィンランドのような主体性重視の教育でしょうか、それとも中国のような詰め込み型教育でしょうか。
また、各国が急ピッチで導入しているIT技術を取り入れたEdTechについても無視できません。
そのためにはICT、IT環境の整備が早急に必要となるでしょう。
小学校ですでに導入されている英語教育や、プログラミングスキルの育成も求められます。
いずれにしても、「学ぶ」ということに対して意欲を持つことができ、一人一人の個性や能力を最大限に生かせるような教育が大切なのかもしれません。
そして何よりも、これからの教育は、日本のすべての子供たちが自己肯定感を高く保ち、自分らしく幸せになれるための教育であってほしいと願います。
この記事を監修した人
「大成会」代表
池端 祐次
2013年「合同会社大成会」を設立し、代表を務める。学習塾の運営、教育コンサルティングを主な事業内容とし、札幌市区のチーム個別指導塾「大成会」を運営する。「完璧にできなくても、ただ成りたいものに成れるだけの勉強はできて欲しい。」をモットーに、これまで数多くの生徒さんを志望校の合格へと導いてきた。